メメント・モリ、あるいはピアノにかんするエトセトラ

あるピアノ愛好家が人生で出会ったもの・考えたこと

とあるピアノブログを読んだ話

ピアノブログを徘徊していたところ、私と同年代のピアノ聴き比べマニアとおぼしき方が、最近習い始めたというピアノで、憧れ曲を先生のところに持って行ったところ色々と指導を受け、習った通りのイメージで弾けるように悪戦苦闘しているのを見かけた。

最初、訳が分からなくて混乱してしまった。

なぜかというと、基本的に聴き比べ型マニアというのは、その曲に対する理想の演奏イメージが頭の中にあり、それに従って目の前の演奏の良し悪しを判別する。そして、そのイメージに一番近い演奏もしくは、イメージを刷新するような演奏を求めて同曲異演を買いまくって、クラシックのマーケットを支えている人種である。

だから、「理想の音の出し方・並べ方」ではなくて「理想の演奏イメージ」を先生に教え込まれて従うという状況がなぜ発生するのか、理解不能だった。

しかし、よくよく考えたところ、きっとこの方はコンクールもしくはテストを受けるつもりなのだろう。そして、その為の「点数の稼げる弾き方」を先生に教え込まれ、そう弾けるように苦労しているのではないか!?

ひょっとするとこの方は第2の人生でピアノの先生をやりたい等の夢をお持ちなのかも知れず、そのために避けては通れぬ道に挑まれているのかもしれない。だが、同類マニアの私が傍で見ていて、才能と時間の浪費に思えてしまう。

自分の思い描く通りではなく、お手本動画の劣化版コピーのように演奏せねばならないというのは、耳が肥えているほど、ご本人にとって苦痛だろうなぁ…と、思わず話しかけてみたくなったのだが、この道のマニアは奇抜な性格の人が多いので(含む、私…😰)やっぱり止めといた…。😅

人工知能 v.s. 人間

またまた昼休みに、最近流行りの「人間の職が人工知能に奪われる」みたいな記事をたどっているうちに、真新しい名称の知能テスト?の例題にたどり着いた。

https://www.s4e.jp/process

例題:「美しい水車小屋の乙女」美しいのは?

模範解答:「乙女」
("美しい"は"乙女"にかかる形容詞)

…これはテストだから仕方ないのだろうが、無味乾燥な、まるで音並べのような解答だ(これしか答えられないと、人工知能に職を奪われそうだ)。


では、この解答はどうだろう。

シューベルトなら、ザ・グレイトの方が美しい」

…これでは、問題を利用して自分のクラシックの趣味をアピールしているだけで、自分が前面に出すぎの、ある種の恣意的な演奏を思わせる。


それでは、こういう解答はどうか。

「美しい乙女を期待して水車小屋を訪ねるが、大抵は、美しいのは水車小屋である」

これならば、個人的な考えを出しながらも解答の主旨から外れていない。前の写真対決の話でいうところの、東京駅と私の思い出の写真を撮りながら、あくまで主題は東京駅になっている状況だ。こういう演奏が聴きたい…。

アルベロ:ソナタ18番

スペイン音楽今むかし(6/6)
30代で夭折した作曲家その1(1/5)

2017年、まだ部屋録りの趣味が始まっていない時期(12000ページ譜読みを始めたばかり)に、以下の記事を書いた。

>ピアノ音楽の源流探索2017~イベリア半島の作曲家
>
>アルベロ(1722-1756)
>
>・楽譜:IMSLPにはマニュスクリプトしかない。
>
>http://imslp.org/wiki/30_Keyboard_Sonatas_(Albero,_Sebasti%C3%A1n)
>
>私が使用しているのはこれ
>
>https://www.amazon.co.jp/30-Sonatas-Harpsichord-Sebastian-Albero/dp/1329660285/ref=sr_1_fkmr0_1?s=english-books&ie=UTF8&qid=1498050025&sr=1-1-fkmr0&keywords=albero+sebastian+score
>
>・音源:私はピュイグ=ロジェのピアノによるソナタ18番の演奏でこの作曲家の事を知った。Hungarotonからハープシコードによるソナタ全集のCDが出ているのだが、奏者の名前が読めない…。
>
>ソナタ18番以外にも優れたソナタが幾つか有り、個人的には世に真価を問うてみたい埋もれた作曲家である。

 

このソナタ18番を録音してみた。

遂にこれを弾く時が来たと思い、真価を問うべく徹底的に造型して、動かして演奏したところ、、、
例のグラナドスと同じく、ミスタッチを量産してしまった(T-T)。
結局この、弾き違い・鳴ってない音が10箇所くらいある演奏動画を撮るのが精いっぱいで燃え尽きた…(T-T)。

youtu.be比較として、チェンバロで弾いている演奏。

www.youtube.comもうひとつの比較演奏は、古楽っぽい感じの弾き方で弾いているピアノ演奏。

私はこういう弾き方はできないのだが、聴くのは大好きだ。

www.youtube.com

知行合一

私のようなクラシック音楽愛好家(ピアノ音楽愛好家)が、実はピアノが弾けてしまうというのは、実は禁じ手に近いくらいの強力なツールに成り得る。

例えば、好きな演奏の議論になり、

「だったら、お前の思う演奏を聴かせてみろ」

と言われた時に、私の手に収まる作品(難易度が中級まで)だったら、頭の中に描く理想像に近い演奏ができるし、そうして作成した部屋どり演奏動画を引っ張ってこれる。

これは、体感では

「私の理想の演奏は…」

と言って誰も知らないようなマニアックな録音を引っ張ってくる行為の100倍くらいの効力を持って、私のクラシック音楽愛好家としての信頼度を強化することになるだろう。

 

ただし、この逆もまた然りだ。

例えばホロヴィッツやグールドのマニアと称される方がピアノを弾いて、模範演奏の劣化版のような音並べされた音楽しか聴こえてこなかったら、まず第一に本当にマニアなのかと疑ってしまうし、例え正真正銘のマニアだったとしても、発言力の失墜は避けられないだろう。

 

この、クラシック愛好家とピアノ演奏者としての知行合一というか"音楽の一貫性"を持ち合わせていたいと、常々思っている。