メメント・モリ、あるいはピアノにかんするエトセトラ

私が人生で出会ったもの・考えたこと

夢の中のハノン

今朝、私は夢の中で、かの練習曲の作曲家ハノンに会った。
いかにも学研肌の紳士であった。
ハノンは私に、だいたいこんな事を話した。
(しかし私は、何語を聞いていたのだろう?)

「私がショパンのピアニズムを理解していなかったと後世の人々に言われるのは、全く不本意な事である(かの大芸術家のピアノ奏法を研究しなかったわけがなかろう)。ただショパンの弾き方が他とはあまりにかけ離れていたために、従来の奏法による練習曲集とは別にして、1冊の練習曲集にまとめる必要があった。The Virtuoso Pianistは実は前編であり、The Virtuoso Chopinistこそが続編であったのだが、戦争で消失して、前編だけが残ってしまった。これをあなたにだけ特別に見せるから、皆に広めて私の名誉を回復してほしい」。

そうして彼は、1冊の楽譜を出してきてくれて、私はそれをくい入るように見つめた。

だが、残念ながら最初の数ページをめくったところで私は夢から覚めてしまい、今見たものを記憶に呼び戻そうと必死になったのだが、最初の1ページしか思い出せなかった😥

だいたいこんな内容だった😱

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4本指のピアニスト

純情きらり」と同じ頃だったと思う。
4本指でピアニスト活動をしている方の事が話題になった。
この方と比べれば、左右あわせて9本分の指は使いものになった私の悩みなど、ずいぶん贅沢なことだと思った。

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純情きらり

ふと、以前見ていたテレビドラマの事を思い出した。

学校を卒業して前の職場に勤めていた時代、お昼休みに食堂のテレビがつけっぱなしになっていて、この連続ドラマ小説が流れていた。
このひとつ前に放送された「風のハルカ」は好きだったのだが、この「純情きらり」は楽しめなかった。

話の関係上、主人公とその周りの人がピアノを演奏するシーンが多いのだが、1日3時間の練習ができなくなって右手の不調が再発して指が動かなくなってしまった当時の私は、まるで自分へのあてつけのようにさえ感じていた…。

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ヘンデル=ケンプ メヌエット ト短調

外国人が作曲したご当地舞曲(4/4):ドイツ人の書いたメヌエット

オペラ作曲家の小品(1/4)

原曲は、ブラームスがop.24の変奏曲を書くのに使った組曲(HWV.434)の中に含まれていて、この組曲全体をシフがTeldecに録音している。
ケンプの編曲は、和音が分厚くてコントロールが大変に難しく、サラバンドのようになってしまった(いかにケンプがうまいか、あらためて痛感した)。
ケンプの主旋律の弾き方で独特なのは、弱音が要求される時に伴奏部に埋もれるくらい小さくしてしまう(わかりやすい例でいうとステレオの全集でのテンペスト1楽章の第1主題の弾き方がそうだ)。

私がマネをしたところ、ただ埋もれただけになってしまった。

😰

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ある先生のアップロード動画を見て

ピアノの先生が自らの演奏を(必ずしも完璧な状況でなかったりするのを)youtubeにあげるのは、私のようなしがないアマチュアがアップロードするのよりも何百倍も勇気ある行動だと思う。自分の今現在持っているもの、持っていないものを全てさらけ出してしまう行為だから。
自ら学ぶことを止めない先生と、演奏動画を出せる先生は、それがどんな演奏スタイルであれ、敬服する。
そして私はまた「我々だってうまく弾けなくて、努力しているんだよ…」と、その背中を見せてもらっている気になる。
ありがたいことだ…。

プレスラーのDGデビュー盤(2)

このアルバム中、いちばん示唆に富むのは、実はフォーレ舟歌6番である。
フォーレ夜想曲舟歌を晩年に至るまで13曲づつ書き綴ったが、夜想曲で到達した極限の世界に比して、舟歌は、例の3拍子系の舟歌拍のせいもあって、ずっと平穏な世界にとどまっているという印象を受ける。

だがここでのプレスラーは、通常のピアニストがだいたい3分半以下で演奏しているのを実に5分半もかけて演奏し、拍の影響を希薄化して、それよりもむしろ響きで舟歌の音楽を構築したらどうなるか、その可能性を切り開いて見せたと思う。

この演奏スタイルで、後期の舟歌がどうなるかを聴いてみたい…。

プレスラーのDGデビュー盤

発表会を頑張った自分へのご褒美その1:初プレスラー

本当はBISへ録音したソロデビュー盤(?)から聴いてみる予定だったのだが、blogを楽しみに読ませて貰っている&演奏動画を見てこの人は音楽があると思った某先生がこの盤を強力に推薦していて、こっちを衝動買いしてしまった。

私はこのCDを聴きながら、ある邪推が、どうしても頭から離れないでいる。

それは、メカニックは完成されてないけれど剥き出しの音楽で迫ってくる、ある種のアマチュア、そう、これまたblogを楽しみに読ませて貰っている別の某さんとかの演奏は、(聴いた事ないので分からないが、そのblogに書かれた内容の濃さから察するに)実は平気でこの域の音楽なのではないかな??表現の方向性は違うだろうが…。

youtubeにでも演奏がアップされないかな…。

子育てが一段落したら、家内に許しをもらって聴きに行ってみようかな…。

ブル:ブルンスウィック公爵のアルマン

外国人が作曲したご当地舞曲(3/4)
イギリス人の書いたアルマン(アルマンド


本当は昨日の演奏のプレイバックを一刻も早く聴きたいのだけれど、
映像が届くのは数週間後だそうで…。

替わりに数週間前に録ったこれを聴き直して、問題ないのでアップロードした。
(その場のノリでつくった一部の動画以外は、録画したものを数週間ねかせ、何度か聴き直してから上げている)。

Martin Souterという鍵盤奏者のThe Fitzwilliam Virginal BookというCDに入っている演奏を聴いて好きになった作品なのだが、CDの演奏はレジストしてオクターブ上で弾いており、通常の音域で弾いて慣れるのに苦労した。

youtu.be

人前でうまくピアノが弾けるのは、ある種の恵まれた才能と思う

十数年ぶりに弾きましたよ、ちゃんとしたホールで。ただの伴奏ですが…。
舞台袖で待っている時は緊張する間もなかったのだけれど、曲を弾き始めて数小節、緊張して手が震え出した。
いわゆる、冒頭を上手く弾き出した(間違わずに上手く行っている)という状況が、緊張と失敗を誘発する事態。

わかります?この感じ。

手が震えている状態って、ハンマーが動くポイントを狙う打鍵がどうとかいう状況じゃなく、足が震えている状態って、ペダルを1/4とか1/8とかいう状況ではなく…。

しかし、曲の難易度が大したものでなかったのも幸いして、特に真っ白にもならず、音も外さなかった。客席で聴いていたなら、それなりに音楽的に弾いてのけたと思う。

だが…、
演奏後数時間にわたって胃がキリキリ痛くて仕方がない…。
胃ポリープが間違いなく悪化した…。
こんな事続けたら、寿命を縮める…。

チャップリン・プレイズ・パデレフスキー

そのシーンだけ切り出した映像がなかったので、『独裁者』を全部…。

1時間9分37秒~50秒(床屋のお店が火をかけられてしまったシーンに挿入されている)、一人二役やっているうちの独裁者ヒンケルの方が、メヌエットの冒頭を、かなり崩して弾いている。

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歴史的名演

このジャンルで歴史的名演(?)といえば、やはりこれでしょう。

チャップリン(Vn)とキートン(pf)、夢の協演。

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やっぱりプロは上手かった!

昨日の演奏をアップロード終えた後、
試しに専門のレベルがどれほどのものかとyoutubeで検索してみたところ………


私なんぞ足元にも及ばなかった😨

 

 


エイプリルフールねた

本当はここに、
"外国人が作曲したご当地舞曲(3/4)"
を上げる予定でいたのだが…。

金曜日にピアノをさらっていたところ、内なる声が沸いてきた。
「4月1日が土日と重なるなんて滅多にないぞ!素通りして良いのか!?」


さて、、、


35歳を過ぎるまで、私の右手の3,4,5指は使いものにならなかった話は、前に書いた。
十分に分離して動かす事ができず、例えばモーツァルトソナタで沢山出てくるスケールを弾くと、薬指か小指の音が必ず抜けてしまうのだ。

20歳代の時に習っていた先生は、メカニックの問題を改善するには私はもう年を取り過ぎてしまっていると考えられたのか、逆に、弾く曲を選ぶようにと諭された。

曰く
「ピアノを弾く人間は、私たちも含めて、誰しも多かれ少なかれ得意不得意を持っている。あなたは決してプロになるわけではなく、大人のアマチュアなのだから、今持っている得意なものを伸ばしなさい」。

当時の私にとって、モーツァルトのような難易度の高い曲ではなくて、持っているテクニックの中に十分に収まりきる曲とは…。

 

そう、

例えば、こんなやつとか…。

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…んなわけアルカン!

大人になってからのレッスン再開

以前にも書いた内容なのだが、小学校6年生まで受けたレッスンの後遺症?というか先生が問題に気付かなかっただけなのだと思うが、右手の3,4,5指をちゃんと独立して運指することができなかった。

この問題を抱えたまま、受験が終わって20歳を過ぎたあたりで、街のピアノの先生(子供の時とは別の)のところに行ってレッスンを再開した。このレッスンは、日本中で行われているような一般的かつ正当なもので、楽譜のアナリーゼを詳細に行い、テンポを勝手に揺らさず、書かれているものに限りなく忠実に弾く。私が当時身に着けていた、和音を分散する癖や、打鍵のタイミングをわざとずらす弾き方などは、ことごとく矯正された。ついでにロマンティックなバッハも様式感にかなった弾き方に変えられた(これらの矯正は、すべて元に戻ってしまった…)。この先生は私の右手の問題を直すのはもう手遅れと判断され、逆に、演奏可能な作品を選んで弾くように諭された。

一方現在習っている先生は、上京して30歳も大分過ぎてから門を叩き、合理的な奏法に特化したレッスンを受けている(この頃までに自力で試行錯誤を重ねて、右手の指はだいぶ動くようになっていた)。先生は私が音楽をどうしたいかについては一切口を出されず(老いた犬に芸は仕込めないというヤツか!?)、私の弾けない箇所が、なぜ弾けないのかを身体運用にまで落とし込んで教えて頂いている。

私はグランド・ピアノの弾き方の根本を全部、今の先生に習った。現在の私が自分の演奏をyoutubeにさらせるまでになったのは全てこの先生のお陰で、私自身も努力はしたが、先生の影響無くしては成し得なかった。

ショパンを弾いたピアニストたち(宇野功芳)

小学6年生の途中でピアノのレッスンを終了した時、
「ああ、これでもう練習しなくて済むー」
と安堵の気持ちでいっぱいだった。

そこから1年ほど、ピアノの蓋を開けなかった。

そんな私をピアノの世界に引き戻したのは、何よりもまずケンプのベートーヴェン:3大ソナタの録音であり(ただしこの時はピアニストによる違いというのを知らず、純粋にベートーヴェンの音楽に感動して聴いていた)、次にこの故・宇野功芳さんの書かれた"ショパンを弾いたピアニストたち"に載っている、パハマンから始まる一連の群像で、古い人から順に聴いていった。中学2年生頃の話である(これって中2病?)。

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だから私は音楽評論から恩恵を受けたというか、育てられた人間であり、感謝している。自分の事をクラシック・オタクの中で分類するなら、根っこはヒストリカル・オタクと呼ばれる人種に相当すると思う。ただし、ピアノ限定だが。

そう、中途半端にピアノを習っていたせいで(?)、ちゃんとしたクラシック・オタクになりそびれてしまった(!?)。

今現在も、自分の本業ならぬ本趣味は何かといえばクラシック・ピアノのCDコレクターで、みんなには内緒だけど実は(?)ピアノが弾ける(ついこの間までろくに弾けなかったし、今も大して弾けない…)。

だから、もしたまたま私の録音を聴かれた方が「一般的でない、変な弾き方をする」と感じられた際には、実はこういう背景になっているのをご理解いただければと思う。