メメント・モリ、あるいはピアノにかんするエトセトラ

私が人生で出会ったもの・考えたこと

ギーゼキングのバッハ:放送用録音集成(DG)

来日時の演奏で井口基成さんに打鍵の浅さを批判されたギーゼキングこそ、鍵盤の底まで打鍵しない奏法の大家であったと思う(ただし、少なくともソノリティ・コントロールへの嗜好が無い点で、最近の現代奏法で弾いている若手奏者と異なる)。

私見では、この奏法で得られるタッチの美しさを前面に出す芸風の歴史的ピアニストは録音状態の影響をもろに受けるため、可能な限り良い録音で聴きたい。

ことギーゼキングの独奏曲の録音に関する限り、EMIにステレオで入れた数曲のベートーヴェンがベストであり、モノラル録音で一番良く録られていると感じたのはDGのバッハ:パルティータ集であった。

だから本家本元のDGより最新リマスターで一連のバッハが復刻されると知って、思わず衝動買いしてしまったのが、このセットである。

だが、実際に聴いてみると、良くない。

リマスター時に音の広がり感を増幅させたような仕上がりになっているのだが、おそらく復刻元の音源の状態は既出の復刻盤で使用したものと大して変わらないと思われ、一昔前の復刻レーベルの手を入れ過ぎた復刻盤のような音になってしまっている。

今回の復刻盤の音質が向上しているとは感じない。

これはパルティータ、平均律のみならず、M&A社が復刻したインベンション・シンフォニアを比較試聴してもだ。したがって、どちらが好きかは完全に聴き手の好みの問題で、私は既出盤の音質の方に魅力を感じる。

なお、M&A社盤には、ほかに数曲のイギリス組曲フランス組曲が含まれている。これらの録音はDGが版権を買い取らなかったのかな??

ロレッジャンのフレスコバルディ:トッカータ第1集(Brilliant Classics)

引き続き第1集を聴いた。

1637年に第3版が出版されたときに追加されたのはPartie cento sopra Passacagliだけだと思い違いをしていたが、実は以下の曲全てがそうである。

・3つあるBalletto:実は曲中に登場するPassacagliでPartie cento~と同じ主題が使用されていて、兄弟のような(あるいは前奏曲のような)作品。

・Capriccio Fra Jacopino sopra l'aria di Ruggiero

・Capriccio sopra la Battaglia

・Ballade e Ciacona

・Corrente e Ciaccona

・Capriccio fatto sopra la Pastorale

目下ピアノで練習してみたいと思うのは、Partie cento~のみである(3つのBallettoも気に入るかもしれない)。

ロレッジャンのフレスコバルディ:トッカータ第2集(Brilliant Classics)

曲聴きの時間がとれたため、フレスコバルディのトッカータ第2集をロレッジャンの演奏でざっと俯瞰した。〇印はピアノで弾くに値すると思った曲。

・Toccata(5,6番のみ〇):5番と6番が書法的に1対の優れた作品(5番のほうが有名だが)。

・6曲のCanzona(〇):Capricciと同じような展開手法による、小振りな作品。

・4曲のHinnoと3曲のMagnificat(×):聖歌と交互に演奏されている。ピアノ単独での演奏は不向きか。

Aria detto Balletto(△):フレスコバルディにしては普通の手法による変奏曲。展開が大きいが、音楽の深みが後述のCorrenteに劣る。

・4曲のGaliarda(〇):短い作品だが、一度聴いたら忘れられない詩情。

Aria detta la Frescobaldi(〇):短い作品ながら100のpassacaliに通じる音楽を感じる。

・6つのCorrente(〇):外観はCorrenteなのに、これも最晩年作品にどこか通じる響きがある。素晴らしい。

 

以上、トッカータ集と銘打ってある作品群ながら、ピアノで弾こうとした場合には、併せて収録されている舞曲集のほうに弾くべきものが有ると感じた。

なぜ楽譜通りに演奏しなければいけないか

息子が習っているメトード・ローズの曲にスラーが出てくるようになり、フレージングを守らせることを考えねばならなくなった。

なぜクラシック・ピアノは楽譜通りに演奏しなければいけないのか?

もし息子に聞かれたら、こう答えるだろう。

「それは、あなたの人生を、より豊かなものにするためだ」。

これは、内田先生の本からの受け売りである。

もしピアニストが、楽譜に書かれていることを自分の良かれと思うように捻じ曲げて演奏する時、それはそのピアニストの世界観の、作品の形を借りた縮小投影であり、奏者本人は予め予定されていたものを作品から回収するのみである。

そうではなく、ピアニストが自分の美的感覚をいったん脇に置いて、なぜ作曲家はこの個所でそういう指示をしたか考える時、言い換えると、自分の美的感覚の及びもしない場所で成立している美の可能性について開かれて思考する時、奏者の内的世界の一部は新しく生まれ変わる可能性を秘めている。

最近よく思うのだが、我々が大人になるまでに習うもの(学問と言ってしまって差し支えないかも知れない)は2つの方向性があって、ひとつ目は生きるための術の習得を志向するものであり、もうひとつは、個を超えた視座の獲得を志向するものである。

私にとってピアノがどちらであったかは(そして息子にとってピアノがどうあってほしいかは)、言うまでもない。

ブリッツィのツィポリ:鍵盤音楽全集(カメラータ・トウキョウ)

オルガン向けに書かれた第1集を聴きたくて何気なく購入したCDだったのだが、ブリッツィの弾くクラヴィオルガンという楽器の面白さにはまってしまった。

このクラヴィオルガンというのは、写真で見る感じでは、小型のリードオルガンの上にハープシコードを乗っけて3段鍵盤にしたような構造をとっていて、両方の音を奏者が任意に出すことができる(たとえは悪いかもしれないが、上原ひろみがアコースティック・ピアノと電子楽器を交互に行き来して弾いている演奏形態の、バロック版だ)。

この自在に弾き分けられる楽器を使って演奏された第2集の組曲が、音楽が立体的に造形されていて、見事。

こんな素晴らしい録音を作るとは、カメラータ・トウキョウを見直した。このクラヴィオルガンを使って、バッハ等の録音を色々出さないものだろうか。

テレマンの鍵盤作品集(ロレッジャン)Briliant Classics

TWV.30:21-26のフーガ集を聴きたくて購入した。

この6曲のフーガは、フーガに続く複数の小曲から構成された組曲もしくはバロックソナタのような形態をしており、譜面を見た限りでは、ひょっとしてテレマンの鍵盤音楽中の最高傑作ではないか!?と直感したのである。

Fugues légères & petits jeux, TWV 30:21-26 (Telemann, Georg Philipp) - IMSLP/Petrucci Music Library: Free Public Domain Sheet Music

しかし、実際に音にしたものを聴いてみると、意外と良くない…。

私はむしろ、続けて入っている「20の小さなフーガ」の方に、聴いていて惹きこまれた。

こちらの楽譜は、IMSLPで公開されていないので、中身を確認したいならベーレンライター版を買わなければならない(そして、ハ音記号が多用されていたら、おしまいである。ああ...)。

シャイトのタブラチューア・ノヴァ第3集(ラムル)MD+G

保留にしていたシャイトのタブラチューア・ノヴァ第3集を聴いた。

結論から言うと、タブラチューア・ノヴァの中で私が最もピアノで弾いてみたいのは、第3集中に数曲あるマニフィカトおよびイムヌスの第1versusである。

これら2つの楽曲は、まず第1versusで主題による多声のフーガ(?)が展開され、続く5~6のversusでは、どこかの声部に置かれた主題が装飾されるという形式をとっている(ちょうどバッハのオルガン・コラールのほとんどがそうであるように)。

CDでオルガンを演奏しているラムルは、これらのversusで声部を浮き上がらせるために巧みにレジストレーションしているが、これがピアノではできないため、(バッハのほとんどのオルガン・コラールと同様に)この形式の作品はピアノで演奏するのには無理があると思っている。

ピアノ音楽の源流探索2017~デュフリとバルバトル

デュフリ(1715-1789)

初めてインマゼールの演奏でLa de Vaucansonを聴いた時に、これは凄い作曲家だと感嘆し、早速楽譜を印刷して音を出してみたところ肩透かしを食った。ピアノで弾くと、チェンバロで聴いた時とは印象がまるで違って、モーツァルトの出来損ないのようになってしまうのはなぜか!?私の人生の重要未解決課題の一つである。

・楽譜(IMSLP):http://imslp.org/wiki/Category:Du_Phly,_Jacques

全4集のクラヴサン曲集がある。チェンバロで聴く限りでは最後の集が一番おもしろいのだが…。

・音源:前述のインマゼールの選集(ERATO=apex)のほか、ジョン・ポールというチェンバリストによる作品全集がある(Lyrichord)。

 

バルバトル(1727-1799)

クラヴサン曲集がひとつ。

・楽譜(IMSLP):http://imslp.org/wiki/Pi%C3%A8ces_de_clavecin_(Balbastre,_Claude-B%C3%A9nigne)

・音源:イェーツによる全曲録音がchandosにある。

ピアノ音楽の源流探索2017~ボワモルティエとロワイエ

ボワモルティエ(1689-1755)

小振りな4つの組曲がある。

・楽譜(IMSLP):http://imslp.org/wiki/Pi%C3%A8ces_de_clavecin,_Op.59_(Boismortier,_Joseph_Bodin_de)

・音源:インマゼールがデュフリを弾いたCDに、抱き合わせでブーレイというチェンバリストが第1組曲を弾いた演奏が入っていて、恐らくモダン・チェンバロを弾いている古い録音なのだが、気に入っている(モダン・チェンバロだからという理由で古い録音が敬遠されるのは良くない風潮だと思う)。

 

ロワイエ(1705-1755)

組曲がひとつだけ。

・楽譜(IMSLP):http://imslp.org/wiki/Pi%C3%A8ces_de_clavecin_(Royer,_Joseph-Nicolas-Pancrace)

・音源:クリスティとルセが全曲録音している(HMFとambroisie)。

ピアノ音楽の源流探索2017~フォルクレとクレランボー

ここから後のフランス・バロックチェンバロ作品は「組曲」と銘打っていても、性格小品集の色合いが濃くなっていく。これを、ひと組曲通しで譜読みするべきか、それとも気に入った作品だけを切り出すべきか、大いに考えるところである。

 

フォルクレ(1671-1745)

ヴィオール曲をチェンバロ独奏へと編曲した「5つの組曲」がある。低音域に音が集中して書かれているのは、いかにも編曲っぽい。これはピアノを鳴らしてみないとどんな感じになるのか何とも言えない。なお第3組曲に、編者である息子の曲が3曲紛れ込んでいる。

・楽譜(IMSLP):Pièces de clavecin (Forqueray, Jean-Baptiste-Antoine) - IMSLP/Petrucci Music Library: Free Public Domain Sheet Music

・音源:全曲盤はルセ(DECCA)、元の編成でサヴァールヴィオールを弾いた組曲1,2番の録音がある(ASTREE)。

 

クレランボー(1676-1749)

小さな組曲が2つ。こちらは完全に舞曲集としての形態をとどめている。簡素な書法だが、少なくともダカンよりは弾いていて面白いと思う。

・楽譜(IMSLP):http://imslp.org/wiki/Pi%C3%A8ces_de_Clavecin_(Cl%C3%A9rambault%2C_Louis-Nicolas)

・音源:ギルバートがARCHIVに全曲録音している(CD半分ほどの長さである)。

ピアノ音楽の源流探索2017~リュリとダングルベール

リュリ(1632-1687)

・楽譜:私がまだ大学生だった頃に買った、春秋社の世界音楽全集ピアノ編のバロックピアノ曲集に、アルマンドクーラントサラバンド、ジーグおよび"やさしいうた"の5曲が収められている。彼のオペラ作品の中から、19世紀ごろに編曲されたものらしい。

・音源:この5曲をチェルカスキーが1982サンフランシスコ・リサイタルで弾いている(Ivory Classics)

 

ダングルベール(1629または1635-1691)

1689年に出版された、4つの組曲を核としたクラヴィーア作品集がある。

・楽譜(IMSLP):

http://imslp.org/wiki/Pi%C3%A8ces_de_clavecin_(D%27Anglebert,_Jean-Henri)

・音源:上記の内から、"リュリ関連編曲"その他を取り除いて組曲になおした形でロスが録音している(ERATO)。この取り除き方は大変に参考になる。全部弾いたものは、ルセの録音(Decca)。

ピアノ音楽の源流探索2017~シャンボニエールとルイ・クープラン

シャンボニエール(1602-1672)

最晩年に当たる1670年に出版された全2巻6つの組曲があり、甲乙つけがたい。フランス・クラヴサン楽派の創始者と言われているシャンボニエールだが、この作品をながめると、舞曲の寄せ集めによる組曲としての様式が、既に完成されている印象を受ける。

・楽譜(IMSLP):

http://imslp.org/wiki/Oeuvres_compl%C3%A8tes_(Chambonni%C3%A8res,_Jacques_Champion_de)

・音源:ボーモンによる全曲盤がASMusiqueから出ている。

 

ルイ・クープラン(1626-1661)

バロックの作曲家中、ある意味最大の難関。ルイ・クープランの作品はBauyn manuscriptに調性ごとにソートされた状態で残されており、演奏者はこの中から組曲を復元しなければならない!

・楽譜(IMSLP):

http://imslp.org/wiki/Pi%C3%A8ces_de_clavecin_du_manuscrit_Bauyn_(Couperin,_Louis)

・音源:全曲盤ではエガーが21曲の組曲の形で復元した録音をHMFにしている。その他では、レオンハルト、ルセが数曲の組曲を復元して弾いた盤が出ている(Deuch Harmonia MundiとAparte)。

クラシック名曲ガイド5(音楽之友社)

内容のうち1/6くらいがバロック鍵盤作品の紹介に割かれていて、かの市川信一郎さんが執筆されている。

今回読み直して勉強になったことを纏めておく。

・カベソンの作品集は、やはり1578年出版の遺作集が傑作で、中でもティエントとディファレンシアスが出色とされている。

テレマンの代表作としてハ長調組曲ト短調の序曲が挙げられている。

パーセルの生前に出版された鍵盤楽曲はわずか13曲で、これらはすべてプレイフォード編纂の「音楽の侍女・第2部」に収録されている。

・フレスコバルディのトッカータ第1集に収録された変奏曲の名曲として「パッサカリア」の他にロマネスカの主題による14のパルティータが他を圧して優れていると述べられている。また、フィオリ・ムジカリの最後に置かれたベルガマスカとジロルメタールは典礼との関係が不明としている。

・フローベルガーのウィーン写本第4巻に収録の組曲は、フランス様式の影響を色濃く受けていて、第2巻の組曲より音楽的内容が豊かであるとしている。

ヘンデル組曲第2集に関して(ヘンデル組曲第2集は、2つの分類方式が有り、これはウィキペディアに詳しい:ヘンデルの楽曲一覧 - Wikipediaリヒテル&ガヴリーロフ盤やハイドシェック盤は、作品タイトル側の分類の通し番号で並べている。この市川信一郎さんの解説は備考側の通し番号で書かれている)。市川信一郎さんは、第2集にある9つの組曲を、教育用とそれ以外(演奏用)に明確に分類している。それによれば、教育用は3,4,7,9番、演奏用は1,2,5,6,8番である。

・ラモーの「5つの小品」と「皇太子妃」を非常に高く評価されている。

ピアノ音楽の源流探索2017~バッハの息子たち

W.F.バッハ(1710-1784)

やはり12のポロネーズが面白い。多感様式というのは、ソナタよりもこのような作品に向いているのではと思ってしまう。

・楽譜(IMSLP):

http://imslp.org/wiki/12_Polonaises%2C_F.12_(Bach%2C_Wilhelm_Friedemann)

・音源:ロベルト・ヒルフォルテピアノを弾いた録音がNAXOSにある。

 

C.Ph.E.バッハ(1714-1788)

今回聴き直して、どうもクレメンティのほうが面白いと思ってしまったのだが、それでもWq.65/17のソナタは読んでみたいと思った。

・楽譜(IMSLP):

http://imslp.org/wiki/Keyboard_Sonata_in_G_minor,_H.47_(Bach,_Carl_Philipp_Emanuel)

・音源:やはりこのソナタ(を含むC.Ph.E.バッハのソナタ)を一躍有名にしたのは、プレトニョフのDG録音であろう。楽譜を見ながら聴くと、プレトニョフの見事なイマジネーションによって"名曲度"が2階級くらい特進しているように思える。

ピアノ音楽の源流探索2017~ベームとテレマン

ベーム(1661-1733)

バッハの先生。チェンバロのための約11曲ある組曲を改めて聴き直してみたのだが、実はブクステフーデの組曲より優れているのではないかと思う程感じるものが有った。特に躍動感のあるジーグが素晴らしい。

・楽譜(IMSLP):

http://imslp.org/wiki/Complete_Works_for_Organ_and_Harpsichord_(B%C3%B6hm%2C_Georg)

・音源:アレッサンドリーニとレオンハルトが、それぞれ1枚づつの選集を作っている(ASTREEとSONY VIVARTE)。全曲盤が欲しくなった。

 

テレマン(1681-1767)

ファンタジア第1集の12曲が、簡素な書法ながら趣深い。

・楽譜(IMSLP):

http://imslp.org/wiki/36_Fantaisies_pour_le_clavessin,_TWV_33:1-36_(Telemann,_Georg_Philipp)

・音源:私はこの曲集を自主制作と思しきレーベルによるデジタル・ピアノ演奏のCD-Rで聴いている(music studio tel26)。