メメント・モリ、あるいはピアノにかんするエトセトラ

私が人生で出会ったもの・考えたこと

鈴木智博さんのライナーノーツ

「サバテール」という名前と、いったいどこで巡り合ったのか気になって昔の書籍を色々と見返しているうちに、ひょっとすると新星堂「アルフレッド・コルトーの遺産」シリーズの解説書ではないかと思い至った。確か何巻かの解説に、購入当時ほとんど知らなかったピアニストの名前が列挙された個所があったのを思い出したのだ。

それは、vol.6のシューマン集Ⅰの解説書で、鈴木智博さんというコルトーの研究者もしくはレコード・コレクターの方が執筆されたものである。

残念ながらサバテールの名前はなかったが、コルトーの教育者としての功績をたたえた文章で、代表的な弟子としてこれだけの名前が挙がっている。タリアフェロ、ルフェビュール、ギューラー(比較すべきピアニストとして更にセルヴァの名前が加えられる)、ハスキル、メイエル、カゼッラ、マルケヴィチ、レヴィ、ソロモン、リパッティ、フランソワ、チアーニ、ペルルミュテル、ハイドシェック。当時まだ駆け出しだった私にとっては半分以上が初めて聴く名前で、嬉々として聴いてみたいピアニストの名前リストに加えたのが、まるでついこの間のように思い出される。

それから20年以上経ち、私も当時よりは多少ものを知るようになったのだが、この機会に鈴木さんのライナーノーツを読み返して、その造詣の深さに改めて感服してしまった。鈴木さんは遺産シリーズのVol.6以降のライナーを書かれているようなのだが(私は"遺産"を全巻は持っていない)、今回読み直して勉強させて頂いたのは、vol.7のシューマン集Ⅱ、コルトー以前のシューマン弾きを紹介するくだりである。

・まずクララ・シューマンの弟子筋でファニー・デイヴィスとアデリーナ・デ・ララ(私は全く聴いた事が無い。確かPearlレーベルにクララ・シューマンの弟子たちという箱ものセットが有った筈である)。

・シンギング・アプローチ・トゥ・ザ・ピアノと呼ばれたカール・フリードベルク(ここに名前が書かれているとは一切気づかなかった。この呼称は知らなかった!)

・ゴドフスキーとホフマン(この二人はいろいろ復刻されている)

・エテルカ・フロイント(これも、ここに記載があるとは思わなかった)には、実はV.フリーダという偽名で「幻想曲」の録音がある!

…などなど、現在の私でさえ足元にも及ばない。おそらく先日に本を読んだ佐藤泰一さんに比肩するくらいのマニアの方なのであろう。

ところが、この方の事をネットやAmazonで検索しても、まとまった情報が一切出てこず、出版活動などはされていないようであった。

そこで、頂いた"贈り物"と個人的な思い出を、細やかながらここに記そうと思った次第である。

ボロフスキーの1953年パリ・ライヴ(melo)

念願かなって(あるいは、ネット試聴できないCDなので清水の舞台から飛び降りるつもりで)アレクサンダー・ボロフスキー(1889-1968)を初めて聴いた。

予想だにしていなかったピアニズムが聴こえてきて、思わず笑ってしまった。

ロシアのピアニストで言えば、間違いなくギンスブルクやオボーリンに通じる浅い打鍵を多用する弾き方なのだが、もうひとつの決定的な特色は可能な限りペダルの使用を抑制していることで、特に、浅いペダルを踏んでも良さそうな個所を徹底してノンペダルで弾いている。その結果聴こえてくる音の感覚は、ギーゼキングのそれに酷似している(ただし、ギーゼキングのように速いテンポで弾き飛ばしてしまうような癖は無い)。

そして大変残念なことに、こういう弾き方をする奏者は、モノラル録音で録られると、その魅力が一切取り落とされてしまう。ステレオ録音が残っていないものだろうか。

反ったMP関節を戻す筋肉

一昨日に練習をしていて気付いたのだが、私の右手は、MP関節が反り返った状態から元の伸びた指に戻す時に使う筋肉が弱い。しかもこの時に使う筋肉は、MP関節が出っ張って山をつくった状態で手の重さを支えるやり方では、あまり鍛えられないようだ。

そこで、こんな感じの指トレメニューを加えた。

(1) 椅子に座り、鍵盤と同じ高さの机を前におく。

(2) 手のひらを机の上にべったりくっつける。

(3) 指をべったりつけたまま、手首を奥へ突き出すように上げると、MP関節が反ってへこむ。

(4) この状態で、MP関節が戻る方向に指に軽く力を加える(思いきり力をいれると指を痛めるので注意)。

 

私のように、20歳までに中途半端にしか指が訓練されなかったアマチュアの場合、30歳を過ぎてもメカニックを向上させることができると思う。ただし、漫然と練習曲をやるようなやり方では無理で、自分の指のどこが弱いかを正確に認識して、そこを集中攻撃するようなやり方をしないと向上しないというのが、何となくの実感である。

サバテールのモンポウ:歌と踊り1-12番(Picap)

スペインにサバテールという名手がいるという話を、随分昔に記憶していた(手元にある「200CDピアノとピアニスト」は1996年の初版だが、南欧のピアニストというページに名前が載っている。しかし私はこの本以前にどこかでこの名に出会っていた気がする)。

しかしながら、この奏者のCDを売り場で一切見かけた事が無く、私にとって幻の演奏家であり続け、名前はいつしか記憶の片隅に置き去りにされていた。

そんな最近、表題のCDを見つけたのは、ついこの間のこと。ラローチャの弾くモンポウの旧録音をAmazonで試聴していた時にたまたま出てきて、これはあのサバテールの録音ではないか!と衝動買いしてしまった。

いそいでネットで調べると、ローザ・サバテールは1929年生まれ。伝説のピアニストというよりもはるかに最近の奏者だが、1983年のアビアンカ航空機墜落事故で若くして亡くなっている。

一方、ここで演奏されているモンポウの「歌と踊り」は、彼の前奏曲集と並んで、いつか全曲指を通してみたいと思っている傑作集だが、私の聴経験はそれほど多くなくて、これまで全曲盤に近い形で聴いたのは作曲者自身のステレオ盤、ラローチャの最後の録音、ゴンサロ・ソリアーノの1-8番のモノラル録音しかない。

さて、ここに聴くサバテールのモノラル録音は、一聴してまずタッチの粒立ちの良さが耳を捕らえ、前述のうち誰に近いかと言えば間違いなくラローチャに似ている。両者の違いだが、サバテール盤は、まずモノラルという事もあり主旋律のタッチの粒が伴奏部と比して際立っているのと、踊りに当たる後半部でより一層情緒豊かに音楽を動かす事(しかしこれは、ラローチャがモノラル期に録音していたら同じ様になっていた気もする)、そして何より、和声進行に対する感度が一層きめ細やかであるように感じた。

なお、このCDがもたらしたもうひとつの巡り合いは、サバテールの早すぎる晩年まで師事していたと思しき日本人ピアニスト、領家幸さんという方が書かれた長編のblogを発見した事であった(領家さんは、残念ながら2013年ごろに亡くなられたようだ)。

回想の3.11

その日私は、たまたま休暇を取っていた。

午前中に区内の図書館にCDを漁りに行き、お昼にはアパートに一旦帰宅した。しかし、その日に限ってなぜか、午後に隣の区の図書館まで歩いて出かけたくなった。

地震にあったのは、国道を歩いている時だった。

地面が、まるで遊園地の振動アトラクションのように揺れた。

「ああ、東京は終わった…」と本気で感じた。

次の瞬間、車道に飛び出した。両脇のビルが崩れてくると思い、歩道にいるのは危険だと判断した。

もう少し揺れが強くなっていたら、ビルは崩れ、東京は壊滅的な打撃を受け、そんな未来が到来していても、いっさいおかしくなかったと思う。

しかし、揺れはおさまった。周りの建物は無事なようである。

この時点で私はどのくらい深刻な事が起こったかを正しく把握していなかった。とりあえず引き続き図書館へと歩いた。

歩きながら、出勤中だった妻に携帯電話から連絡をしようとしたが、一切つながらない。当時使っていたガラケーのニュースサイトで、大きな地震であったことと、津波警報が発令されたことくらいは確認できた。引け間近の日経平均は、笑ってしまうほど大きな窓を開けていた。

図書館に到着すると非常事態で閉館していた。いくつかのガラスが割れている。

とぼとぼとひき返しながら、帰りに地下鉄の駅前を通ると避難の人であふれていた。次の余震が来ないか心配している人を何人も見かけた。

アパートに帰って部屋を確認すると、ピアノの上に重ねて置いてあったCDがいくつか床に落ちた程度で、特に被害を受けた様子はなかった。

珍しくテレビをつけてみた。

私が津波を目撃したのは、まさにこの時である。

真っ黒い波が、逃げ惑う自動車を次々と飲み込んでいく実況映像であった。

まるで映画のようだ。しかし映画と決定的に違うのは、今まさにこの瞬間に、あの車を運転している人がいて、それが津波に飲み込まれているのだ。

「…そっちの方向に逃げてはだめです!」と解説している実況音声が、白々しかった。

 

この津波の映像と、その少し後に出た、江戸時代くらいの石碑がここから先は津波が来るから居住区をつくらないように戒めていたという話、そして一連の原発危機は、日本社会の有形無形の幾つかのものを雲散霧消させ、また幻想の産物へと追いやったが、私の中にある何かをも、確実にへし折った。私の中で一番深くとどめを刺されたのは、進化論的な歴史観だったように思う。

(続く…かな??)

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サン=サーンスの自作自演集(APR)

"The piano G&Ts"というシリーズのvol.3で、ショーンバーグの「ピアノ音楽の巨匠たち」に記載のあるサン=サーンスの1904年と1919年の自作自演を聴く事ができる。

1919年の録音時、作曲家は83歳であったはずだが、運指に加齢による衰えはおろか苦労の後さえも一切感じられず、大変に驚いた。録音で聴くサン=サーンスのタッチの印象は、同じフランスの歴史的ピアニストの例でいうと、エドゥアルド・リスレを少し細くしたような感じである。

収録曲のうちop.104のワルツは、よほどお気に入りなのか、この1904年と1919年の2回の録音の他に、ピアノロールに残した演奏が少なくとも2つある。1つ目は1905年にウェルテ・ミニョン社に残したもので、他のロールとともにStainwayを使ってTacetが復刻。2つ目は1915年にエオリアン社に残した演奏の内のひとつと思われ、コンドンコレクションとしてBellaphon=DENONヤマハのC7を使って復刻している。

今回改めて同一曲を実際の録音とピアノロールで比較したところ、ピアノロールの方はどちらの演奏も速い運指が必要な場所で弾き崩しているように聴こえる箇所が散見されるのだが、録音を聴くと全くそんな事はない(特に1919年のは録音技術の進歩により細部の音の粒まではっきりと聴こえ、奇跡的な若さを保った指回りを感じる事ができる)。やはりここらへんがピアノロールによる限界のようだ。

いい音ってなんだろう(村上輝久)

実はこの本に先立って、川崎市で行われた講演録+インタビューと思しき本を読んだ。内容的には結構被るところもあるのだが、おおいに楽しみながら読むことができた。

個人的に興味深かったのは、1967年のマントン音楽祭の調律を一手に引き受けてやっている様子をドイツの音楽評論家が新聞に記事を載せて村上さんが一躍脚光を浴びるのだが、この音楽評論がほぼ前文に近い形で訳されていて、その中にケンプがフランスでは30年ぶりにシューマンの謝肉祭を演奏して、それを同じくこの音楽祭に出演しているフランソワ、リヒテルとギレリスが聴きに行ったというくだりだ。

ケンプはフランソワとは深い親交があったようで、またケンプの自伝にはギレリス父娘とケンプ夫妻で一緒に写っている写真が掲載されているのだが、リヒテルとはどの程度面識があったのだろう?

この本で一番感動的な個所は、ピアノを前にしてジョルジュ・シフラの両脇に、村上さんともうひとり、文中には"辻君"としか書いていないが、世界的に著名な辻文明さんが3人並んで調整の相談をしている写真である(245ページ)。

ガヴリリュクのブラームス:パガニーニ変奏曲他(PIANO CLASSICS)

アレクサンダー・ガヴリリュクは、彼が10代の頃にSACRAMBOWレーベルに入れた録音を聴いて以来、最も素晴らしいと思う若手ピアニストのひとりであった。鍵盤の底への衝突を避ける現代奏法をとりながらも、必要に応じて必要なだけの下部雑音を伴うフォルテを楽器から引き出すピアニズムの見事さは、まるでこれまでのソ連/ロシアのピアニズムの歴史を総括したかのような趣があった。

私が聴いた限りでは、この印象は2001年のデビュー盤から2011年にPIANO CLASSICSレーベルに録音したロシア物まで、一貫して持続していた。

ところが、この2015年録音の盤を聴いていると、タッチの感じが、どうも異なるのである。

感じたことを列挙すると、

・和音をフォルテで響かせる際に、ハンドペダル?(特定の低音のダンパーを解放して、強く共振させるやり方)によって響きを増強しているように聴こえる個所がある(以前はこのような事をする奏者ではなかった)。

・前の録音と比べて、聴き取れないほどの弱音を用いるようになった。これは、タッチの絶対音量が大きくなり、それに合わせてマイクが弱音のコクを取りこぼしているかもしれない(ちなみに録音場所はオランダにある教会で、2011年のCDと変わらない)

パガニーニ変奏曲や死の舞踏を旧録音と比較するとわかるのだが、以前の録音では、音楽が時間軸に合わせて強弱したとしても、主旋律をそれなりの深さと音量のタッチで弾いて、伴奏部を浅いタッチにするような、縦方向の響きのバランスを維持して弾いていた。それが新録音では、ピアニッシモのような箇所で、主旋律でさえも伴奏と同じくらいに音量を落としてしまうような弾き方になった。

 

全体として例えるなら、これまで室内楽だったような音楽のつくりが、交響楽に変わってしまったかのような印象を受ける。果たしてこれが録音状態による一過性のものなのか、それともピアニストの目指している方向なのか、次回作を買って確かめずにいられない。


プリマコフ・イン・コンサート vol.1(Bridge)

長年抱えている疑問のひとつなのだが、ピアニストが本来持っているタッチの印象を、録音をいじることでどの程度変えられるのだろう?

むかし、レオニード・クズミンがRussian Discレーベルに入れた一連の録音を聴いたところ、ラフマニノフだけが異様に硬いタッチで録られていて、これが実際に硬いタッチで弾かれているのか、録音をいじっているのか、それともピアノが容易に固い音を出すように調整されているのか、私には聴き分けられなかった。

このプリマコフのライヴ録音を聴いて“クズミン問題”を思いだしたのは、例えば演奏されているラフマニノフソナタ2番で、明らかに強く弾きすぎているような衝撃音を伴った音が聴こえてくるからである。これが古いピアニストの録音であれば、まあ奏法が古いのだろうで片づけてしまうのだが、ゴルノスターエワに師事した若手ピアニストの録音なのだ。

残念ながら現在の私にも、この衝撃音が奏法に由来するものなのか、録音のされ方が悪かったのか、あるいはピアノの調整がおかしいのか区別がつかない。

もう10年くらいピアノ道を精進すれば、何か分かるようになるかも知れない…。

ヨッフェのショパン:ソナタ3番他(プロアルテムジケ)

人が"クラシック・オタク"と呼ばれるまでになるとき、先ず作曲家で聴いて、次に演奏家で聴く(そして更に、自身で演奏を試みる!?)という道を辿るらしい。

私の場合も、これは中学生頃なのだが、まずショパンの独奏曲を集め出し、その時に買った中にヨッフェの前奏曲全集があった。

その後すぐに、私の興味は"ショパン弾き"に移り(ホロヴィッツとかフランソワだ)、そんな中でこの前奏曲全集はどこかへ消失してしまった。

それからウン十年経ち、名ピアニストを順番に聴いていったところヨッフェにたどり着き、改めてもう一度聴いてみたいと思ったのが、ついこの前の事である。

最新の録音をチェックしてみると、プロアルテムジケから2枚ほど出ている。日本のクラシック演奏家招へい会社の自主制作盤と思しきこのレーベルは、完全に国内限定販売であり、試聴が一切できない!かつてここでデームスのCDを買って半分くらいはずして苦い思いをした私にとって、このCDを買うのは完全な賭けであった。

しかし、トラック1に収められたバラード4番の冒頭7小節ほど聴いた段階で、私は賭けに勝ち、素晴らしい掘り出し物(?)を入手したと確信した。それほどこの奏者のソノリティ・コントロールが見事であった。

あらためて手元の本(ピアノとピアニスト2003)の項をめくると、1952年生まれのソ連の奏者で、ゴルノスターエワに師事したとある。確かにここに聴くヨッフェの演奏も師同様に世代不詳系?に感じられる。弱音を主体にした音楽づくりは現代奏法をとる若手ピアニストと同じく、ゴルノスターエワに比べると音量でのフォルテははるかに少なく、音楽の強弱を音量ではなく響きと表情で造形する。一方、個々の楽想のアティキュレーションにおいて個人的な感じ方の表出という点では若手の奏者ほど露骨でなく、全体をながめた時に、奏者の個性がショパンの音楽を超えて聴こえるようなことが一切ない。最近聴いた録音で例えると、リカルド・カストロがArte Novaに録れた端正すぎるショパンを、端整さはそのままに草書体で書き直したような演奏になっている。

果たしてこの演奏スタイルが近年の至芸なのか、最初からこういう音楽を持つピアニストであったのか、私はかつての前奏曲全集を、もう一度聴きたいと思った。

今日の気づき

ツェルニーは、

どんなにがんばっても

決してクレイジーにはならない。

 

CZERNY ⇔ CRAZY

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フレージャーのショパン:ピアノ作品集(TELARC)

最近疑問に思っていたことのひとつは、このTELARCレーベルにピアノソロを入れる奏者がおしなべて下部雑音の発生を禁忌するような弾き方に聴こえる事で、ひょっとしてTELARCの特殊なマイクセッティングによる可能性を考えていた。しかし、ようやくここにきて雑音の発生をいとわない弾き方の録音、即ちこのフレージャーのショパンを聴く事ができた。

誤解が無いよう記載すると、大変美しいタッチの奏者であり、弱音で弾かれたop.22のアンダンテ・スピアナートなど見事なものである。しかし、音楽が音の強度を要求するソナタ3番の終楽章などでは、必要に応じて深い打鍵(下部雑音を伴う)で弾いているように聴こえた。

一方、先日のキムラ・パーカーのショパンを聴き比べてみると、軍隊ポロネーズソナタ2番の前半の楽章でフォルテが要求される個所でさえも、鍵盤の底まで弾き込まれたように鳴る音は、ほんの僅かだけしか無いように聴こえる。

因みにこれまで聴いたTELARCレーベルのCDで、このキムラ・パーカーと同じく下部雑音の発生を避けながら弾いているように聴こえたものは、オコーナーのベートーヴェンとラン・ランのデビュー盤であった。

ゴルノスターエワのショパン:ソナタ集(REVERATION)

教育者として夙に有名なゴルノスターエワのピアノを初めて聴いたのだが、大変に面白かった。

1929年生まれの奏者で、世代でいうとソ連の戦車ピアニズムの全盛期である。実際ここに聴かれる強奏時の轟音の素晴らしさは完全にソ連のピアニストのものなのだが、他方、弱音主体で奏でられた、例えばソナタ3番1楽章第2主題の歌い方は、完全に現代のピアニストの音域(とおそらく奏法)のものだ。

この奏者の中には、古い奏法による音楽と最新の奏法による音楽が見事なグラデーションを描いて融合されている。私は今までこのような有り方をしたピアニズムを、聴いた事が無かった(強いて言えば、この前聴いた最晩年のイグムノフが近いか!?)。

1986年の録音ながら音はいまいちで、特にソナタ2番に露骨なつぎはぎの後が聴かれる。

The Glory of BYZANTIUM(JADE)

まだ大学生だった頃、ムソルグスキーの『展覧会の絵』が、好きではなかった。まずプロムナードのテ-マの繰り返しがしつこく、曲全体をながめても、他のロマン派作曲家の連作と比べて長調短調の対比バランスも取れていないし…。

しかし、そんな私に訪れたひとつ目の転機は、大好きなラフマニノフを色々聴き出した時であった。有名なピアノ協奏曲2番や、同じスタイルで書かれた交響曲2番やソナタ2番だけでは気付かないのだが、その他のピアノ小品に接すると、けっこうムソルグスキーの響きに出会う。身近な例でいうと、有名なop.3-2の前奏曲の中間部をさらっていて、間違いなくここにはムソルグスキーがいると感じ、ラフマニノフを勉強するうえで『展覧会の絵』を聴くのは欠かせないと思ったのだ(ついでに言うと、スクリャービンからは、その後期作品でさえもムソルグスキーの匂いは一切感じなかった)。

ふたつ目の決定的な転機は、このビザンツ聖歌を耳にした時で、私の中ですべてがつながった。ラフマニノフの中のムソルグスキーだと思っていたものは、そして『展覧会の絵』に通底するのは、この聖歌の響きだったのだ!

ビザンツ聖歌のルーツだが、ローマ帝国が東西分裂した際にギリシャを中心とした東方のキリスト教ビザンツ帝国の国教ギリシャ正教となり、北方のスラヴ民族へ布教を行って東方教会を築いた。東方教会ではカトリックにおけるグレゴリオ聖歌と同様に聖歌が作られ、それがこのビザンツ聖歌であるという(以上、手元の「古楽CDガイド」より自由に抜粋)。

曲は混声で歌われたものと男性のみのコーラスが交互に入っているのだが、その非西洋和声的な転調といい、呪術的な雰囲気といい、私が「ロシア」という言葉から感じる、あの不思議さと不気味さの、まさに原風景を目の当たりにする。

ロシア出身の幾人かの奏者の持つ呪術的ピアニズムも、こうした精神風土から生まれてきたに違いない。

中村天平さんの自作自演集 天平 Tempei (Beth Records)

現存する最も若い作曲家で、その作品を弾いてみたいと思うのは、Tempeiこと中村天平さんである(この人の音楽は、今のところクラシックという分類らしい…)。

この盤と出会ったのは、確か2005年ごろ。

当時千葉県に住んでいたのだが、年に数回ほど都内にCD物色に出かけるのが恒例になっていて、その折にディスクユニオン御茶ノ水店でCD漁りをしていた時にBGMとして流れてきて驚愕したのだった(当時の私は既にニコライ・カプースチンにはまっていて、この手のピアノ独奏作品に魅了されていた。これは現在もだが…。)。

BGMのCDはレジの横に掲げてあったのだが、当時の私はクラシック・オタクの総本山で店員さんに駆け寄って「この今流れてるCD下さい」というのが憚られる程度には若さを持ち合わせており、ジャケットの『天平』という文字だけ覚えて帰って、後日たしか関西のヤマハ限定で販売していたのを取り寄せて入手したと思う。

その後、天平さんはEMIでメジャーデビューするのだが、私にとってはこっちのCDのほうが思い入れがある。

収録曲は「星型のチョーカー」以外すべてEMIのデビュー盤と被っているのだが、弾いている音はかなり異なる(いわゆる別バージョン)。

また、おそらくスタインウェイのピアノで録音されていて、ベーゼンドルファーを弾いたEMIデビュー盤よりも私には音が伸びやかに感じる。

一連の有名作の楽譜が、まとまって出版されないかなぁ…。