メメント・モリ、あるいはピアノにかんするエトセトラ

私が人生で出会ったもの・考えたこと

音楽史‐古楽との出会い

新年度から土曜の朝に息子が習い事に出かけることになった。

そこで、新しくできた自由時間を、古い鍵盤音楽をピアノで演奏できる可能性の探索に使う事にした。

今日はこの辺の個人的な考えを書いておきたい。

子供の頃、クラシック音楽の世界にピアノから入った私は、いつしか自然と、ドイツ・ロマン派を中心とした音楽の捉え方・感じ方を刷り込まれてしまっていた。

これは、バッハを仮想原点とするドイツ・ロマン派がクラシック音楽の中心にあり、和声的な複雑さを増しながら発展していき、シェーンベルクに至って崩壊するという進化論的な音楽史観である。

ところで人は、規定のパラダイムで捉えきれない境界線に触れるとざらっという感覚を感じるようにできているものらしい。

このクラシック=ドイツ・ロマン派と言う見方をしていた私にとって一番それを感じたのは、バッハの幾つかの後期鍵盤作品であった(2番目はモーツァルトソナタである)。

そして大学生の頃、音楽史の勉強をする機会があって、目を開かされた。

その教えが私に残したものをまとめると、ヨーロッパ世界は約300年周期で宗主国が崩壊し、これにあわせるように西洋音楽も地層を形成していて、層と層の狭間で過度に技巧的かつ調性を逸脱した音楽が残されていると捉える、新しい見方である。このパラダイムとて万能ではないが、私にはこの方が遥かにしっくりくると感じるようになった。

これを採用するならば、我々がいるひとつ前の300年、つまり1600-1900年の中央にそびえ立ち、ジェズアルドの音楽が持っていてフレスコバルディに影のように潜んでいる逸脱を汲み取って新ヴィーン楽派の出現を予言しているのが、バッハである。

そしてこの1600-1900年は作曲家が自身感じたことを主題にして音楽を書いた時代であった。

従ってこの時代の鍵盤音楽は、バッハ以前の作品でも、個人的な感情の表出に最も優れた楽器であるピアノによって演奏してしまって一向に差し支えないと、私は思うに至っている。

トリフォノフのリスト:練習曲集(DG)

このピアニストを初めて聴いたのは、少し前に発売されたカーネギーホールのライヴ録音のCDであったのだが、この最新作のリストのほうがずっと出来が良いと感じた。

最大の原因は、やはりスタインウェイを弾いてスタジオで録音した事だろう。先のライヴ録音(これも恐らくスタインウェイだが…)に比べると弱音の響きの美しさが際立ってよく録られている。

この奏者は、私見ではベレゾフスキーと同様のタイプで、高度に安定した技巧を誇るにもかかわらず、ヴィルトゥオージティが発揮される個所で、良くも悪くもそれ自体の魅力が単体で乖離してしまうきらいがある。あえて例えるなら、面白く聴かせようとして、ちょっとすべっている感じだ。

だからこのリストの演奏を真に感動的なものにしているのは、超絶技巧練習曲でいえば風景、幻影、そして回想で聴かせる詩情であり、これをマイクが見事に捉えているため、外向きの絢爛な技巧と一対を成して、この奏者の演奏芸術を奥行き深いものにしている。

ヴィタリー・マルグリスのショパン:葬送ソナタ他(AUROPHON)

この奏者の事を、ユ-ラ・マルグリスのお父さんだというくらいしか知らなかったのだが、先日読んだ領家さんのブログで演奏の素晴らしさに触れられていて、聴いてみようという気になった。

そして、この廉価版CDのショパンを聴いて、完全にひき込まれてしまった。

これはタッチやテクニックがどうこうと言う次元で語られるピアニストではない。間違いなく桁外れの音楽家、ロシア呪術的ピアニズムの継承者だ。同系列の奏者では、少し後の世代のイーゴリ・ジューコフに匹敵するか、上回る。

このピアニストの名前のないロシア・ピアニズムの系譜は、もはや考えられない。

あまり残響の無いスタジオでの録音だが、このクラスの音楽家になると殆ど気にならなず、むしろ良くデジタル録音で演奏を残してくれたと思う。2011年に亡くなられたようだが、この奏者の正規録音が目下ほとんど見当たらないのは、クラシック・レコード業界の歴史的損失だ。

ふたたび「風の谷のナウシカ」について

漫画版「風の谷のナウシカ」は魅力的な作品で、その放出する磁力に、私は定期的に引き付けられている。
最近また考え直す機会があって、今度は何か水脈のようなものにぶつかったので、生温かいうちに書いておきたい。


発端は、初めて「教育勅語」を読んでみた事である。

例の幼稚園の話がニュースになり出した時、「教育勅語」という単語には、そういえば受験勉強の時覚えたなぁ…くらいの感慨しかなかった。しかし、小田嶋隆さんが「ピース・オブ・警句」で取り上げられていたのを機会に、どんな内容か目を通してみて、凍った。

引っ掛かったのは、やはりこの個所である。
「祖国の存亡の危機には、祖国の存続のために身を捧げましょう」

この文体がなぜ最高に危険かというと、一読して危険を感じないからである。

われわれ人間は、自分の所属する偉大なるもののために自己を犠牲にすることができ、しばしばその時に最大の力が発揮され、それは最も美しい行為のひとつに分類されている。

例えばヨハネ福音書には、こうある「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」。
あるいは、少年漫画の主人公は、しばしば彼の所属するチームのために自己を犠牲にし、それは最も美しい場面だ。

かくして、この「自己犠牲」が放つ神聖なまでの美しさのために「偉大なものの為に自己を犠牲にすること」が「偉大なものの為に他者に自己犠牲を強いること」に言い換えられた時の薬が毒に激変する様に気がつかないのである。

 

ここで私は、この神聖なまでの美しさが引き起こす熱狂を徹底的に避けようとしていた人と、その著書を思い出した。
フルトヴェングラー」の吉田秀和さんである。
この本を読み返して、しかし私が気付いたのは、ひとり吉田秀和さんのみならず、戦後スキームそのものが「神聖な美」や「宗教的なまでの美しさ」を文化の中核から排除しようとしていたという事である。それは恐らく、これらが絶対的な善に近い程の美しさを持つがゆえに批判的な立場というものが伴えず、その危険性を歴史を経て痛感しているからである。

(ところでピアノ演奏におけるこのスキームの完成形が 私見ではポリーニアシュケナージで、彼らの演奏が「神聖なまでの美しさ」を持たないと感じるとき、こういう歴史的背景によって時代が選出した代表者である事を考えねばならない)。

 

この「神聖なまでの美しさ」のはらむ危険性を最も見事な形で示したのが、実は「風の谷のナウシカ」であった。
現在の私は、こう考えるようになった。

よく言及されているように、漫画版ナウシカはアニメ映画版ナウシカのアンチテーゼであり、作品として対を成している。
そして、アニメ映画版ナウシカの聖なる少女の神話が、批判的な視点が一切考えられないほど絶対的に近く美しいがゆえに、同一人物の延長である漫画版ナウシカが最後の墓所破壊のシーンでとる行動の危険さに、見事なまでに気づかないという構造になっている。
実際に私自身、ナウシカの取る行動に9割まで共感し、残り1割でざらっとした違和感を感じる。宮崎さんが、これでもかとばかりに「新人類の卵」を破壊するシーンを描いているにも拘らず、われわれ読み手は、卵から生まれる新しい人類を主人公たち旧人類と同じく人間と見なせる可能性に対する想像力を、ほとんど失ってしまっている。

この、想像力が欠損する問題は、たぶん汎人類的な課題である。

現代奏法のメモ書き(2)

私が大学生だった頃、ようやくネット上の情報が充実し始め、私がこれまで習っていたのは「ハイフィンガー奏法」で、もっと合理的に腕の重さを使う「重量奏法」あるいは「重力奏法」という弾き方があることを知った。

この弾き方を簡単に言うと、肩から腕までを完全に脱力して指先に乗る重さを支えるのに(実はこう考える時点で鍵盤の底からの反作用の力を相手にしている)、手の伸筋と屈筋を両方使う(曲げた指)よりも、なるべく屈筋のみを使う(伸ばした指)ようにして弾いたほうが楽だよね!という弾き方である。私はこれをかなり意識して練習していた。

しかし、この奏法を発展させないと、出せない音質の音、ちゃんと鳴らせない楽器があるのを身を持って体験した。

これを可能にする現代奏法(←勝手に命名)とは、どうも打鍵動作の中立点、均衡点が「鍵盤を底まで押した状態」ではなくて、「鍵盤が元の位置に戻った状態と、その上に置かれた指」にあるような奏法なのだ。

かくして、重量奏法の問題の立て方は「打鍵時にかかる重さを如何にして指で支えるか?」であったのが、現代奏法の問題の立て方は「打鍵時以外に不要な重さを、如何にしてせき止めておくか」とコペルニクス的に転回する。

ひとつの方法は、私は知らず知らずでやっていたが低い椅子に座ることで、肘よりも手首の位置が高くなる。そうすると上腕までの重さは肩につり下がり、前腕と手の重さは肘を支点にして上腕の筋肉で支える(実はジャン・ファシナ著の「若いピアニストへの手紙」にこの事が書かれていて、私はようやく何が書いてあるか判るようになった)。この構えによって打鍵に使えるのは、手と前腕の重さである。

ところが、場合によっては打鍵時に上腕の重さも参加させたくなる場合が出てくる。

そこで、高い椅子に座ってこの奏法をとるやり方が、どうも有るようなのだ。これは現代ロシア奏法を教えられているという偉い先生の受け売りである。

・高い椅子に座って、前傾姿勢をとる。

・腕の重さを、手首を支点にして前腕の筋肉で支える。

私が高い椅子で弾く時は、従来の、腕の重さを指で支えるやり方をしていた(高い椅子と低い椅子を3週間おきに替えて練習している)。今度、高い椅子で試してみようと思う…。

現代奏法のメモ書き

先日、現代奏法のレッスンを受けてきた。

比較的高い椅子に座っていくつかの音を弾いたのだが、私のは手の使い方がおかしいという話になった。

先生がお手本で鍵盤をひょいっと弾くと、音がポーンと遠くまで飛んでいって、「こんな感じで打鍵してください」と仰られるのだが、同じようにできす、いったいどこが違うのだろう??という感じであった。

そして昨日の練習で、高い椅子での基礎練サイクルが一巡して低い椅子に戻した途端、まるでジグソーパズルのピースがカタカタと音をたてて揃っていくかのように、何が起きていたかが頭の中で組み上がってきた。

(1) 高い椅子の場合

肩から先の腕の重さが指先にのる。

脱力した時の手と鍵盤の均衡点のようなものが、鍵盤を底まで押してそこからの反作用の力を指で支えている状態となる。この状態を標準系として、ここ目がけて弾いている感じになる。

この状態で弾くとき、離鍵は打鍵と別動作である。

レガートで弾くとは、指にかかっている重さの移動になる。

(2)  低い椅子の場合

腕の重さは、半分は肩にぶら下がる。

脱力した時の手と鍵盤の均衡点は、鍵盤の戻る力によって元の位置に戻っている鍵盤に指が乗っかっているような、あるいは手がぶら下がっているような状態で、これが標準となる。この状態で打鍵すると、鍵盤に力を加えるのは一瞬であり、手を鍵盤に放り投げるような感じになって、遠くまで飛ぶポーンという音が出る。

この状態で弾くとき、打鍵の終了動作=一瞬かけた力を抜くのが離鍵になる。

ノンレガートで音が切れた状態が普通で、だからこの弾き方でレガートで音をつなげるのは、一番最後の練習課題になる。

ヴィルサラーゼのシューベルト:ソナタD.664ほか(Live Classics)

私が指摘するまでもなく、「美しさ」には、変換(写像)によって美しさを保つものと、失われてしまうものがある。ある種の文学作品は翻訳に耐えられるだろうが、翻訳したとたんに壊れてしまう作品がある。また、ある種の絵画は縮小コピーされて美術の教科書に載っても求心力を保つが、その良さを消失してしまう絵もある。音楽作品でいうと、バッハやベートーヴェンは楽器や楽譜の読み方が変わってしまってもその偉大さは残るが、オリジナル楽器で演奏されて初めて良さが分かる作品もある。

なぜこんな事を考えてしまったかと言うと、エリソ・ヴィルサラーゼの近年の録音が全てライヴ録音しかなく、取られた音の状況が著しく異なるのである。そして私の聴いた限りでは、ヴィルサラーゼの弾くシューマンショパンは録音状態が多少悪くても何がしかの感銘が残るのだが、シューベルトでは消失してしまうのを体験した。

この盤に収録のD.612、D.924、D.664は1997年12月22日の録音、D.915とD.946は1998年1月4日の録音である。前者の内のD.664の2楽章までは、ひょっとするとリハーサルを録音したものではないかと思うのだが、ヴィルサラーゼの音色の美しさをマイクが完全に捉えていて、その祈りに満ちた演奏に感動する(このライヴは同年に亡くなったリヒテルに捧げられている)。ところが、3楽章(観客のノイズが有り、明らかにライヴ)と1998年の演奏では録音状態が一変し、大変残念なことに、魅力の大半が消失してしまうのだ。

ヴィルサラーゼの録音は、大曲を弾いた盤しか持っていないのだが、私の聴いた中では、このシューベルトの前半の録音状態がベストであった。こういう事態を目の当たりにすると、このピアニストの録音をすべてかき集めて、徹底的に仕分けしたい誘惑にかられる(いつもの中毒症状だ…)。

音楽の手帖~ピアノとピアニスト(青土社)

"もうひとつのピアノ"の領家さんがblogで取り上げられていたこの本を読んでみた。1980年の初版なので大昔に書かれたものなのだが、一読して感じるのは、この時代は音楽評論が生きていたという事である。本書では音楽評論家と呼ばれる方々がピアニストをまな板に載せて、しばしば奏者本人には思いもつかないような切り口で持論を展開していて、その内容がどの程度に妥当であるかとは別に、豊かさのようなものが確かに存在している。

目下、いちばん面白かったのは遠山一行さんの評で、ブレンデルを(独墺系の伝統的な演奏スタイルを古典とするなら)擬古典主義でピアノ界最高のマニエリストと言い切っているところである。そして遠山さんは"マニエリスム"を次のような意味で使っている「伝統的な演奏スタイルが奏者の自然な表現行為として発露されていた時代の後になって、彼ら後発の奏者は音楽学校で客観的な知識を学び、レコードを聴きくらべ、そして彼らと同じくらい過剰に情報を持つ聴衆の前で自分の演奏を主張しなければならない。演奏は知的な意識による分析と解釈の積み重ねになり、演奏本来の自発性と創造性は失われるが、それでも才能のある音楽家は自分の演奏に固有の意味を与えることに成功するだろう」(やや自由に意訳)。

ブレンデルの演奏を聴いていて、グルダの言うところの「博物館の案内人」的な状況を僅かでも感じるとすれば、この遠山さんの言葉は、その原因を見事に言い当てている。

ピュイグ=ロジェの南ヨーロッパ音楽紀行・バロックの世界

昔、ピュイグ=ロジェのピアノ教本を立ち読みしたことがあるのだが、そこにはあまり有名でないバロック作曲家の音の少ない小品がたくさん取り上げられていて、他の教本と比較して異彩を放っていた。

ピュイグ=ロジェは、チェンバロを念頭に書かれたバロック作品をピアノで演奏することに関して最も積極的な音楽家のひとりであったのだろうと思うが、このアルバムは最晩年に録音された、この奏者の数少ない独奏曲録音のひとつで、フランス・イタリア・スペインのバロック小品が20曲弾かれている。

収録曲中まず面白いのはデュフリで、楽想の展開に次に何が出てくるかわからないような面白みが有り、ギャラント様式というよりも多感様式に近いと思う(しかし私はデュフリの最後の曲集の楽譜を印刷して少々弾いてみたのだが、ピアノで弾いてしまうと何かが取り落とされると感じた)。

次にチマローザソナタ。国内盤で関孝弘さんのピアノによる全集が出ていて、打鍵の浅いこのピュイグ=ロジェの演奏と深めの関さんのピアノで、音の立ち上がり方を聴き比べてみるのが面白い(私見では、モーツァルトの変奏曲集と並んで一番難しいピアノ曲集だと思う)。

そして私にとって最大の発見は、セバスチャン・アルベロのソナタであった。34歳で夭折したスペインの作曲家なのだが、和声進行と転調が見事で、個人的にはソレールソナタよりも聴いていて面白い。

「公共の福祉」に込められた思い

「公共の福祉」という言葉は(「教育勅語」という言葉共々)、ああ、そういえば受験勉強で出て来たよね~くらいにしか憶えていなかったのだが、ここ数日間、例の問題に興味をもって色々と調べたところ、そこに込められた先人の思いに気がついた。

私は「公共の福祉」を、"多数の人間が彼らに共通する人権を行使しようとした時に、その結果、別の個人の人権が脅かされる事態になる時には行使を制限できる事"と受け取った。

これは防波堤である。

鈴木智博さんのライナーノーツ

「サバテール」という名前と、いったいどこで巡り合ったのか気になって昔の書籍を色々と見返しているうちに、ひょっとすると新星堂「アルフレッド・コルトーの遺産」シリーズの解説書ではないかと思い至った。確か何巻かの解説に、購入当時ほとんど知らなかったピアニストの名前が列挙された個所があったのを思い出したのだ。

それは、vol.6のシューマン集Ⅰの解説書で、鈴木智博さんというコルトーの研究者もしくはレコード・コレクターの方が執筆されたものである。

残念ながらサバテールの名前はなかったが、コルトーの教育者としての功績をたたえた文章で、代表的な弟子としてこれだけの名前が挙がっている。タリアフェロ、ルフェビュール、ギューラー(比較すべきピアニストとして更にセルヴァの名前が加えられる)、ハスキル、メイエル、カゼッラ、マルケヴィチ、レヴィ、ソロモン、リパッティ、フランソワ、チアーニ、ペルルミュテル、ハイドシェック。当時まだ駆け出しだった私にとっては半分以上が初めて聴く名前で、嬉々として聴いてみたいピアニストの名前リストに加えたのが、まるでついこの間のように思い出される。

それから20年以上経ち、私も当時よりは多少ものを知るようになったのだが、この機会に鈴木さんのライナーノーツを読み返して、その造詣の深さに改めて感服してしまった。鈴木さんは遺産シリーズのVol.6以降のライナーを書かれているようなのだが(私は"遺産"を全巻は持っていない)、今回読み直して勉強させて頂いたのは、vol.7のシューマン集Ⅱ、コルトー以前のシューマン弾きを紹介するくだりである。

・まずクララ・シューマンの弟子筋でファニー・デイヴィスとアデリーナ・デ・ララ(私は全く聴いた事が無い。確かPearlレーベルにクララ・シューマンの弟子たちという箱ものセットが有った筈である)。

・シンギング・アプローチ・トゥ・ザ・ピアノと呼ばれたカール・フリードベルク(ここに名前が書かれているとは一切気づかなかった。この呼称は知らなかった!)

・ゴドフスキーとホフマン(この二人はいろいろ復刻されている)

・エテルカ・フロイント(これも、ここに記載があるとは思わなかった)には、実はV.フリーダという偽名で「幻想曲」の録音がある!

…などなど、現在の私でさえ足元にも及ばない。おそらく先日に本を読んだ佐藤泰一さんに比肩するくらいのマニアの方なのであろう。

ところが、この方の事をネットやAmazonで検索しても、まとまった情報が一切出てこず、出版活動などはされていないようであった。

そこで、頂いた"贈り物"と個人的な思い出を、細やかながらここに記そうと思った次第である。

ボロフスキーの1953年パリ・ライヴ(melo)

念願かなって(あるいは、ネット試聴できないCDなので清水の舞台から飛び降りるつもりで)アレクサンダー・ボロフスキー(1889-1968)を初めて聴いた。

予想だにしていなかったピアニズムが聴こえてきて、思わず笑ってしまった。

ロシアのピアニストで言えば、間違いなくギンスブルクやオボーリンに通じる浅い打鍵を多用する弾き方なのだが、もうひとつの決定的な特色は可能な限りペダルの使用を抑制していることで、特に、浅いペダルを踏んでも良さそうな個所を徹底してノンペダルで弾いている。その結果聴こえてくる音の感覚は、ギーゼキングのそれに酷似している(ただし、ギーゼキングのように速いテンポで弾き飛ばしてしまうような癖は無い)。

そして大変残念なことに、こういう弾き方をする奏者は、モノラル録音で録られると、その魅力が一切取り落とされてしまう。ステレオ録音が残っていないものだろうか。

反ったMP関節を戻す筋肉

一昨日に練習をしていて気付いたのだが、私の右手は、MP関節が反り返った状態から元の伸びた指に戻す時に使う筋肉が弱い。しかもこの時に使う筋肉は、MP関節が出っ張って山をつくった状態で手の重さを支えるやり方では、あまり鍛えられないようだ。

そこで、こんな感じの指トレメニューを加えた。

(1) 椅子に座り、鍵盤と同じ高さの机を前におく。

(2) 手のひらを机の上にべったりくっつける。

(3) 指をべったりつけたまま、手首を奥へ突き出すように上げると、MP関節が反ってへこむ。

(4) この状態で、MP関節が戻る方向に指に軽く力を加える(思いきり力をいれると指を痛めるので注意)。

 

私のように、20歳までに中途半端にしか指が訓練されなかったアマチュアの場合、30歳を過ぎてもメカニックを向上させることができると思う。ただし、漫然と練習曲をやるようなやり方では無理で、自分の指のどこが弱いかを正確に認識して、そこを集中攻撃するようなやり方をしないと向上しないというのが、何となくの実感である。

サバテールのモンポウ:歌と踊り1-12番(Picap)

スペインにサバテールという名手がいるという話を、随分昔に記憶していた(手元にある「200CDピアノとピアニスト」は1996年の初版だが、南欧のピアニストというページに名前が載っている。しかし私はこの本以前にどこかでこの名に出会っていた気がする)。

しかしながら、この奏者のCDを売り場で一切見かけた事が無く、私にとって幻の演奏家であり続け、名前はいつしか記憶の片隅に置き去りにされていた。

そんな最近、表題のCDを見つけたのは、ついこの間のこと。ラローチャの弾くモンポウの旧録音をAmazonで試聴していた時にたまたま出てきて、これはあのサバテールの録音ではないか!と衝動買いしてしまった。

いそいでネットで調べると、ローザ・サバテールは1929年生まれ。伝説のピアニストというよりもはるかに最近の奏者だが、1983年のアビアンカ航空機墜落事故で若くして亡くなっている。

一方、ここで演奏されているモンポウの「歌と踊り」は、彼の前奏曲集と並んで、いつか全曲指を通してみたいと思っている傑作集だが、私の聴経験はそれほど多くなくて、これまで全曲盤に近い形で聴いたのは作曲者自身のステレオ盤、ラローチャの最後の録音、ゴンサロ・ソリアーノの1-8番のモノラル録音しかない。

さて、ここに聴くサバテールのモノラル録音は、一聴してまずタッチの粒立ちの良さが耳を捕らえ、前述のうち誰に近いかと言えば間違いなくラローチャに似ている。両者の違いだが、サバテール盤は、まずモノラルという事もあり主旋律のタッチの粒が伴奏部と比して際立っているのと、踊りに当たる後半部でより一層情緒豊かに音楽を動かす事(しかしこれは、ラローチャがモノラル期に録音していたら同じ様になっていた気もする)、そして何より、和声進行に対する感度が一層きめ細やかであるように感じた。

なお、このCDがもたらしたもうひとつの巡り合いは、サバテールの早すぎる晩年まで師事していたと思しき日本人ピアニスト、領家幸さんという方が書かれた長編のblogを発見した事であった(領家さんは、残念ながら2013年ごろに亡くなられたようだ)。

回想の3.11

その日私は、たまたま休暇を取っていた。

午前中に区内の図書館にCDを漁りに行き、お昼にはアパートに一旦帰宅した。しかし、その日に限ってなぜか、午後に隣の区の図書館まで歩いて出かけたくなった。

地震にあったのは、国道を歩いている時だった。

地面が、まるで遊園地の振動アトラクションのように揺れた。

「ああ、東京は終わった…」と本気で感じた。

次の瞬間、車道に飛び出した。両脇のビルが崩れてくると思い、歩道にいるのは危険だと判断した。

もう少し揺れが強くなっていたら、ビルは崩れ、東京は壊滅的な打撃を受け、そんな未来が到来していても、いっさいおかしくなかったと思う。

しかし、揺れはおさまった。周りの建物は無事なようである。

この時点で私はどのくらい深刻な事が起こったかを正しく把握していなかった。とりあえず引き続き図書館へと歩いた。

歩きながら、出勤中だった妻に携帯電話から連絡をしようとしたが、一切つながらない。当時使っていたガラケーのニュースサイトで、大きな地震であったことと、津波警報が発令されたことくらいは確認できた。引け間近の日経平均は、笑ってしまうほど大きな窓を開けていた。

図書館に到着すると非常事態で閉館していた。いくつかのガラスが割れている。

とぼとぼとひき返しながら、帰りに地下鉄の駅前を通ると避難の人であふれていた。次の余震が来ないか心配している人を何人も見かけた。

アパートに帰って部屋を確認すると、ピアノの上に重ねて置いてあったCDがいくつか床に落ちた程度で、特に被害を受けた様子はなかった。

珍しくテレビをつけてみた。

私が津波を目撃したのは、まさにこの時である。

真っ黒い波が、逃げ惑う自動車を次々と飲み込んでいく実況映像であった。

まるで映画のようだ。しかし映画と決定的に違うのは、今まさにこの瞬間に、あの車を運転している人がいて、それが津波に飲み込まれているのだ。

「…そっちの方向に逃げてはだめです!」と解説している実況音声が、白々しかった。

 

この津波の映像と、その少し後に出た、江戸時代くらいの石碑がここから先は津波が来るから居住区をつくらないように戒めていたという話、そして一連の原発危機は、日本社会の有形無形の幾つかのものを雲散霧消させ、また幻想の産物へと追いやったが、私の中にある何かをも、確実にへし折った。私の中で一番深くとどめを刺されたのは、進化論的な歴史観だったように思う。

(続く…かな??)

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