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メメント・モリ、あるいはピアノにかんするエトセトラ

私が人生で出会ったもの・考えたこと

ピリスのモーツァルトとショパン問題(4)

続いて最円熟期の盤

ベートーヴェンソナタop.27,109(DG'01)

ベートーヴェンにしては少し線が細い気がするがこれは旧盤でも感じたことである(この新録音はコンディションがやや特殊なせいも大きいと思う)。月光を旧盤と比較すると、adagioの深みと透明度が別格。

ショパン:後期作品集(DG'08)

シューベルト即興曲集と並ぶ最高傑作。録音全体が祈りに満ちている。近年のピリスの録音は細部を深く彫刻しても、わずかな動きの中にすべてを乗せるようになり、全体としてやりすぎを見せない。op.62のノクターンでは重すぎ感を払拭してなお旧録と同様の深みを備える。

シューベルトソナタD.960他(DG'11)

これも透明度と深さを兼ね備えた演奏で、旧盤と比べると泰然とした風格がある。ただしシューベルトの場合はショパンと真逆で表現主義期のやや過激な旧録音が、この盤を聴いた後でも別の魅力を放つ。なぜだろう…。

現在のピリスがモーツァルトソナタ全集の再々録音をしたら至高のものができると思うのだが、惜しい事だ…。

(補筆)

シューベルトソナタD.894,960、即興曲集D.899(ERATO'86,88)

D.960を新盤と聴き比べてみて、静的な新盤に対して動的な演奏になっている。とくに3楽章や4楽章をかなり拍を動かして弾くが、ことシューベルトとなると、やりすぎ感よりも魅力の一部になるのは、なぜだろう…。新盤にはない魅力が確かにあるのを感じ、これも棚に置く。