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メメント・モリ、あるいはピアノにかんするエトセトラ

私が人生で出会ったもの・考えたこと

谷村省吾さんの「理工系のためのトポロジー・圏論・微分幾何~双対性の視点から」

巡り合うべくして巡り合った1冊と思った。人生を豊かにするために、ここに書かれていることを理解しようと思いながら読んだ、初めての応用数学の本。

「1.6 双対性」の項をピアノ語訳してみると、このようなことが書かれている。

・私がショパンの曲を弾いているとき、<私,ショパンの曲>という対になっていて、「私がショパンの曲を弾いている」とも、「ショパンの曲が私で弾いている」ともみなすことができる。

・この<,>の”私”の側には、私のほか、かみさん、息子etc.ピアノを弾く人間がいる(ピアノ弾き空間)。"ショパンの曲"の側には、ほかに"バッハの曲"、"ベートーヴェンの曲"etc.がいる(ピアノ曲空間)。

・ピアノで弾くことに対して、ピアノ弾き空間とピアノ曲空間が双対になっている。

・私は、ショパンの曲をこんな風に弾き、且つバッハをあんな感じに弾き、且つ(中略)…をこんな風に弾くピアニストだったんだ!と、自己認識を深める。これは、かみさん、息子etc.も一緒。

・一方ショパンの曲は、私がこんな風に弾き、且つかみさんがあんな感じに弾き、且つ(中略)…がこんな風に弾く曲だったんだ!と、自己認識(のようなもの)を深める。これは、バッハの曲、ベートーヴェンの曲etc.も一緒。

・このように、「例えばピアノを弾く場合で言うと…」と具体例を列挙するようなやり方を外延的と呼び、一方いきなり数式を出して概念説明するやり方は内包的と呼ばれ、”双対の説明”に関して双対になっている。

・「双対」じゃなくて「嘘つい」てませんように…。

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