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メメント・モリ、あるいはピアノにかんするエトセトラ

私が人生で出会ったもの・考えたこと

ラモンドのベートーヴェン:悲愴、葬送、月光(biddulph)

念願かなってbiddulpu復刻のベートーヴェン第1集を聴くことができた。奏者は「ラモンド版」を世に問うほど高名なベートーヴェン弾きだが、残念ながら私はこのベートーヴェン演奏が(第2集を買って聴いた)ずっと昔から、好きになれないでいる。かなり崩して弾いた草書体のベートーヴェンなのだが、同じ草書体ながらハンブルクのほうが遥かに作曲家の本質に迫っていると思う。

月光3楽章を聴き比べながら、この2つの草書体がどう違うかずっと考えていた。現時点での私の考えは、拍感の違いだ。

まずハンブルクのテンポの揺れは指揮者のそれで、全体として確固たる拍が確保されていて、せいぜい第1主題と第2主題の間とかの次元で、その速さが異なる。メロディの入りやスフォルツァンドで一瞬『盗まれる』事があっても、すぐに戻る。

一方ラモンドのテンポの揺れはショパン弾きのそれで、奏者が感じたフレーズの音楽的緊張感が拍の速さを決定しており、そっちこっちでギアチェンジする(更に悪い事には音が密集する箇所で遅くなる傾向がある)。