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メメント・モリ、あるいはピアノにかんするエトセトラ

私が人生で出会ったもの・考えたこと

クナッパーツブッシュ/BPOのブルックナー:交響曲9番(1950.01.30)(MEMORIES)

今日聴いたCD

息子に盤面を傷だらけにされても良いようにと、1962年の運命の入っている復刻盤を探していたところ、MEMORIESという復刻レーベルの交響曲選集が叩き売られているのを発見し、同じく叩き売られていたブルックナー交響曲選集と抱き合わせで購入した(1963.01.24の8番ライヴを未聴で、聴いてみたかったのだ)。ところが、むしろ同セットに収録されていた1950.01.30の9番のライヴに、完全に圧倒されてしまった。

クナッパーツブッシュの9番は1958年のバイエルン州管弦楽団とのCDを持っているのだが、7番(ケルン放送響との1963ライヴ)、8番(ミュンヘンフィルとの1963スタジオ)と比較してかなり劣るという印象を持っていた。特に困惑したのは、3楽章の始まってすぐのtuttiを(改訂版のせいか)クレッシェンド付きで演奏しているところで、原点版のいくつかを聴きなれた耳には、かなり異世界のブルックナーを見せられた感じであった。

しかしこの1950.01.30の演奏で3楽章を聴いて、やはりオケがBPOのせいか、指揮者がとらえていた神話的に巨大な音楽が完全に音になって立ち現れるのを目の当たりにした。私は完全に圧倒され、そして嬉しくなった。やはりクナッパーツブッシュは9番でもクナッパーツブッシュだったのだ。この9番の演奏を(7番、8番と同じように)シューリヒトの演奏と並べて座右に置いておきたい。

ブルックナーの後期交響曲を愛する者が、この演奏に巡り合わないのは、本当に惜しい事だ。しかし私は、クナッパーツブッシュはなるべく晩年の演奏のほうが良いという世評につられて、この演奏に出会わぬまま、それこそ人生を終えてしまっていたかも知れない。

彼の1950年ごろの録音に、大いに興味を持った。