メメント・モリ、あるいはピアノにかんするエトセトラ

私が人生で出会ったもの・考えたこと

いたたまれない話

結構歳のいった生徒がピアノの先生のもとで、これまでの奏法を一切白紙に戻して0から学び直しているという話を聞いて、いたたまれない気持ちになった。

歳のいったピアノ奏者なら、音楽と人生の体験をその従来奏法とともに経ているはずで、それをある時「一切間違っていました」と全否定してしまうのは、理論的に、また技術的に正しかったとしても、倫理的には何かを踏みにじっている。少なくとも自分だったら耐えられない。

私はいまヤマハのC5を弾いているが、スタインウェイベーゼンドルファーのほうが良いと思っても、このピアノが弾けなくなるまで弾き続けると思う。このピアノは10年以上も私の人生と共にあり、私には最後まで弾き続ける責任がある。

現在よりも優れているものが手に入ったら、前のを捨てて乗り換えて全て良しとする行動様式が、物のみならず人にまで展開されるようになってきたと、近年肌身に感じる環境に身を置いている。

私にとって重資本主義から隠れ家であるピアノの世界でこの話を聞いて、前述の行動様式の変奏のように思えてしまい、悲しく、また腹立たしく思った。

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