読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

メメント・モリ、あるいはピアノにかんするエトセトラ

私が人生で出会ったもの・考えたこと

ポリーニ考

(前の記事からの微妙な続き)

ポリーニアシュケナージと並ぶ人気ピアニストで、過去、現在を通じ、技術的に彼を凌ぐものは居ないだろう』。
これは、私が中学1年生の時に初めて出会った音楽評論で、先日亡くなられた宇野功芳さんがポリーニを紹介したときの書き出しである(ショパンを弾いたピアニストたち)。
私の世代頃までのクラシック音楽愛好家およびピアノ愛好者にとって、ポリーニといえば現代奏法をきわめた超絶技巧の持ち主というのが、共通の認識であったと思う。

ところが、そんな私もあっという間におじさんとなり、昨今不定期でみてもらっているピアノの先生とポリーニの話になった時の事だ。

先生いわく
ポリーニは、音が汚い!」

私は混乱し、最近の録音で指がまわっていない箇所の事かと聞き返した。
しかし先生は、ショパンエチュードの事を言われていたのである!

ああ、私は何と遠くまで人生の歩みを進めてしまったのだろう!あのポリーニのテクニックが古いと言われる日が来ようとは…。


先生の話に私の考察を加味して述べると、音が汚いと言っているのは、下部雑音がうるさいという意味である。
ポリーニは、言うまでもなく、鍵盤の底までしっかり打鍵して発音するピアニストだ。

ここで下部雑音を楽音と感じるかどうかは、非常に個人的かつ絶妙な問題であって、例えば私がブログを拝読してその専門知識に敬意を抱いているピアノマニアの方(しかもピアノの機種と構造マニアだ。珍しい!)などは、最近の若手は弱っちい音しか出さないと述べられていて、みるからに下部雑音肯定派だ(アルゲリッチがパラパラと弾くのを"音が不鮮明で安定しない"と言われる青柳さんも多分そうだ)。

しかし、美意識の相違はさておき確実にこれだけは言えると思うのは、反作用力を効率的に体に分散して受け止めても(←合理的奏法と言うとき、衝突回避ではなく、ここまでを指す場合が多い)鍵盤を底までしっかり弾くピアニズムは維持するのが難しい。実際ポリーニがop.10-1や10-4であれだけ明確に打鍵しながら高速で運指するとき、身体が受け止めねばならない鍵盤の底からの反作用力は、一体どれ程のものだろう!

私見では、一般的に言われているポリーニの技巧の衰えは、この弾き方と緊密に関係している。


p.s.
ポリーニ考と題して書いて、弾き方の話に終始してしまうなんて、私は何と遠くまで人生の歩みを進めてしまったのだろう…。

広告を非表示にする