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メメント・モリ、あるいはピアノにかんするエトセトラ

私が人生で出会ったもの・考えたこと

スクリャービンとスクリャビニスト(SAISON RUSSE)

有名なop.8-12を含む小品8曲が作曲家自身の演奏で残されており、大変明瞭な録音でソフロニツキーにそっくりの呪術的ピアニズムを堪能することができる(正しい順序でいうと、娘婿であり伝道師のソフロニツキーが作曲者にそっくりというべき)。

この録音には裏話があり、1910年録音と記載されているのに驚くほど明瞭なのは、スクリャービンが1910年にピアノロールに記録したものをモノラル録音期の時代に録音したものが原盤になっていると考えている(解説書にはシリンダー録音と書いてあるが、大嘘だ)。

実際このピアノロール7曲がコンドン・コレクションとしてヤマハのC7で再生された録音が、私が若い頃にBellaphonから(国内盤はDenon)発売された。録音こそデジタルだがあまりに雑な演奏で、それでも作曲家本人の演奏だからと大事に持っていたところ当録音に出くわし、演奏が持つニュアンスの格の違いに驚き、呆れた。

このコンドン・ロールの再生環境をブックレットの写真で見ると、演奏者が録音したロールを、88鍵分の打鍵用のばち(?)の付いたフォアゼッツァーと呼ばれる機械にセットし、これをピアノの前に置くようだ。

したがって、よくよく考えてみると当たり前なのだが、ピアノロールをちゃんと再生しようとしたらロール再生側だけではなくてピアノの方を録音当時と全く同じ機種・調整にしなければ、タッチのニュアンスやペダリングなど一瞬でガタガタになってしまうだろう。

このピアノロールからまともな録音をつくろうとしたら、演奏者と同門のピアニストやピアノ教師、ピアノマニア、ピアノ技術者などがよてったかって議論を重ねて、ようやくまともな録音が1枚作れるかどうかという、そのくらい難易度が高い作業と考えられる。

この事実に気付いて以来、ピアノ・ロールのCDで聴いてダメだと思ったものは、大半はコレクションから削除してしまった。

このスクリャービンの自作自演のCDは、そんな中で奇跡的に成功したピアノロール録音の最高傑作のひとつである。