読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

メメント・モリ、あるいはピアノにかんするエトセトラ

私が人生で出会ったもの・考えたこと

ソコロフのベートーヴェン:ソナタop.106他(DG)

(ここに書いた内容は、読んで貰った方には申し訳ないが、その後に聴き直して、考えを一切改めた。改訂版 http://taikichan.hatenablog.com/entry/2017/02/02/001852

今年、ショックを受けたCD第1弾。

CD2のハンマークラヴィーアから聴き出したのだが、これがあのソコロフなのか!?病気でもやったのか!?と思うほど、芸風が変容していた。あの黒光りする様な強奏を一切封印して、まるでこのソナタバロック回帰作であると主張するかのような音楽が流れていく。

100歩譲って、これがハンマークラヴィーアに対するソコロフの解釈なのかと思ってCD1のシューベルトを聴き出したのが、D.946-1に昔の面影がのぞく程度で、演奏スタイルはCD2とほぼ変わらない。

私にとってソコロフの印象は、opus111の一連のライヴ録音によって形成された。豊かなコクのある弱音から火のような情熱を放射する強音まで磨き抜かれた音のパレットを持つのみならず、特にドイツ物を弾いた時などにアフェクトの幅が様式感を侵食することがあっても、作品に対する痛々しいまでの共感に、深く心を奪われる奏者であった。

DGデビュー作である前作の2008年ライヴまでは、ソコロフはこの芸風を保持していた。

しかし本作の2013年ライヴでは、もう以前のようには弾いていなかった。

一昨年に亡くなったチッコリーニは、簡素な自伝『わが人生』の中で述べている。

「人は単に自分の年齢と共に演奏するのです」。

しかし、ソコロフのこの変化は、どちらかというと私を哀しい気持ちにさせた…。