メメント・モリ、あるいはピアノにかんするエトセトラ

私が人生で出会ったもの・考えたこと

ブーニンの20周年記念コンサート・ライヴ(EMI)

レコード会社がEMIになってからのブーニンは、ショパンエチュード集とバラード集しか持っていないのだが、この盤が図書館にあったので聴いてみた。

印象としては、他のEMI期の録音と同様、音が(ついでにペダルノイズも)不必要に大きくなった結果、かつてのブーニンらしい音楽性と相克していると感じる。

1980年代の、軽快な運指と一体になった自在なアゴーギクによる演奏スタイルを発展させるならば、弱音の領域こそ磨かれるべきだったのではないかと思うのだが、このピアニストは、もしかするとリヒテルような演奏を、自身の芸術の到達目標にしているのかも知れない。

EMIに移籍してからのブーニンは、音楽の表現の幅を広げるために音量を拡大する方向へ行ってしまった。しかし、本質的にショパンの音楽は深い打鍵を維持しながら高速に運指できるように書かれていない。

この奏者が今後の成熟の過程で、かつてのブーニンらしさを残したとしても、捨て去ってしまったとしても、その歩む道のりは非常に困難であろうと思わずにはいられない。

天才とはあまりにも無防備に完成され過ぎていて、才能は本質的に諸刃の剣である。