メメント・モリ、あるいはピアノにかんするエトセトラ

私が人生で出会ったもの・考えたこと

回想の3.11

その日私は、たまたま休暇を取っていた。

午前中に区内の図書館にCDを漁りに行き、お昼にはアパートに一旦帰宅した。しかし、その日に限ってなぜか、午後に隣の区の図書館まで歩いて出かけたくなった。

地震にあったのは、国道を歩いている時だった。

地面が、まるで遊園地の振動アトラクションのように揺れた。

「ああ、東京は終わった…」と本気で感じた。

次の瞬間、車道に飛び出した。両脇のビルが崩れてくると思い、歩道にいるのは危険だと判断した。

もう少し揺れが強くなっていたら、ビルは崩れ、東京は壊滅的な打撃を受け、そんな未来が到来していても、いっさいおかしくなかったと思う。

しかし、揺れはおさまった。周りの建物は無事なようである。

この時点で私はどのくらい深刻な事が起こったかを正しく把握していなかった。とりあえず引き続き図書館へと歩いた。

歩きながら、出勤中だった妻に携帯電話から連絡をしようとしたが、一切つながらない。当時使っていたガラケーのニュースサイトで、大きな地震であったことと、津波警報が発令されたことくらいは確認できた。引け間近の日経平均は、笑ってしまうほど大きな窓を開けていた。

図書館に到着すると非常事態で閉館していた。いくつかのガラスが割れている。

とぼとぼとひき返しながら、帰りに地下鉄の駅前を通ると避難の人であふれていた。次の余震が来ないか心配している人を何人も見かけた。

アパートに帰って部屋を確認すると、ピアノの上に重ねて置いてあったCDがいくつか床に落ちた程度で、特に被害を受けた様子はなかった。

珍しくテレビをつけてみた。

私が津波を目撃したのは、まさにこの時である。

真っ黒い波が、逃げ惑う自動車を次々と飲み込んでいく実況映像であった。

まるで映画のようだ。しかし映画と決定的に違うのは、今まさにこの瞬間に、あの車を運転している人がいて、それが津波に飲み込まれているのだ。

「…そっちの方向に逃げてはだめです!」と解説している実況音声が、白々しかった。

 

この津波の映像と、その少し後に出た、江戸時代くらいの石碑がここから先は津波が来るから居住区をつくらないように戒めていたという話、そして一連の原発危機は、日本社会の有形無形の幾つかのものを雲散霧消させ、また幻想の産物へと追いやったが、私の中にある何かをも、確実にへし折った。私の中で一番深くとどめを刺されたのは、進化論的な歴史観だったように思う。

(続く…かな??)

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