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メメント・モリ、あるいはピアノにかんするエトセトラ

私が人生で出会ったもの・考えたこと

キーシンの1987年東京ライヴ(SONY)

私はそれほど熱心なキーシンの聴き手でないのだが、よく「神童期のキーシンには現在の彼にはない魅力があった」という話を耳にするが、この15歳くらいの時のライヴ録音を聴く限り、そんな事はないと思った。

私は神童期の演奏をこれしか聴いた事が無いのだが、後年のBMGへの一連の録音と陸続きの、紛れもなくこの奏者特有の音楽を感じる。即ち、ここで演奏されているプロコフィエフソナタ6番やラフマニノフの「音の絵」の音楽づくりはリヒテルやギレリスの時代を彷彿とさせる巨匠趣味、しかしタッチはソ連の戦車ピアニストに近い。これがリストの「森のささやき」のような作品になるとタッチの印象が激変、現代のロシアのピアニストとしか言いようのない豊饒な響きの弱音を聴かせる。

この、ソ連/ロシアのピアノ演奏の歴史が溶け合ってと言うよりは3世帯同居していて"誰が電話に出るか分からない"ピアニズムこそ、私見では、この奏者の際立った特徴であって、後にこの盤と比べて技巧的にずっと安定を加えてから行われた一連の録音の印象を、画一的なレッテル(例えば"現代を代表するロシア奏法のピアニスト"とか、"最後の戦車ピアニスト"とか)で回収するのを困難にしている主要因だと思う。