メメント・モリ、あるいはピアノにかんするエトセトラ

あるピアノ愛好家が人生で出会ったもの・考えたこと

熊本マリさんの弾く奥村一:日本民謡ピアノ曲集(DENON)

以前どこかで書いたかもしれないが、私はト音記号とへ音記号と各種音符の高さと長さが分かるという意味では楽譜が読めるのだが、聴いた事のない曲の楽譜を渡されてどんな曲か判るかどうかという意味では楽譜が読めない。

そんなわけで、大学生の頃、チェルカスキーのアンコール集(ASV)の片隅に収録されていた奥村一の"おてもやん"と"音戸の舟唄"に興味をもって「日本民謡ピアノ曲集」全2集の楽譜をえいやぁっと購入したのだが、この2曲以外の曲がどんなものだか判らぬまま、楽譜棚の奥底にしまっていた。

ところが先日Amazonサーフィン(?)をしていて、偶然この熊本マリさんが全曲を弾いているCD(たいへん素晴らしいお仕事!)を発見、さっそく衝動買いした。

しかし、全曲聴いてみた印象は微妙だ。奥村さんは原曲の響きにかなり手を入れていて、約半分の曲には共感できるが、残り半分には違和感を覚える。

この私の感じる違和感の正体が、たまたま今読んでいる内田先生こと内田樹さんの「呪いの時代」に何とそっくり書かれているので引用してみたい。

(86ページから)
(日本以外のアジアの多くの国々:欧米列強の)旧植民地においては近代化以降になされた社会的な営みのほとんどについては、それを記述する語彙も、それを批判する語彙も、それを改革したり乗り越えたりする語彙も母語内には存在しませんでした。植民地主義の実相と、そこからの離脱の方途について語るためには、旧宗主国植民地主義者の言語を借りなければならない。帝国主義の政治過程や経済活動やイデオロギー性について語るためには、当の帝国主義の言語を借りるしかない。これが旧植民地の言語状況のもっとも痛ましい部分だと僕は思います。

(引用終わり)

これに即して言うなら、この奥村一編曲の民謡のうち約半分は、ドビュッシーやらバルトークやらの影響が一目瞭然の、近現代風の和音による伴奏がそこはかとなく組み込まれていて、「我々日本人が日本民謡をピアノで演奏しようとするときに、なぜわざわざ西洋音楽から借りてきた音楽語法にのっとって表現しなければならないのだろうか?」と、何かこう国民感情(?)が逆撫でされるのである…。

思いっきり西洋かぶれ(?)な趣味をやっていても、なんだかんだいって自分は日本人なんだなぁ…。